旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
結局体調は回復せず、早退することにした。課長に挨拶をして、帰る支度をする。
佐原さんがこの場面を見たら、「根性がないから体調が戻らないんだ」とか言って、罵倒されそう。
ため息を吐いて帰ろうとすると、メガネ先輩が近づいてきた。営業さんの列はほとんど消化していた。
「鳴宮さん、ごめんね。まさかあんなことが起きるなんて想像もしていなくて」
心底済まなさそうに七三分けの頭を下げられ、逆に恐縮してしまう。
「先輩のせいじゃありません。悪いのは不審者です」
「あの不審者、ストーカーかなにか? いや、副社長夫人である君は競合他社に命を狙われてるとか……」
難しい顔で考え込むメガネ先輩の様子がおかしくて、つい少し笑ってしまった。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「そうか、そうだよなあ。不運な事故だったってことだな。まったく許せない」
実は知り合いかもしれない……とは言えなかった。男が私を知っていて、ここまで追いかけてきたとしたら、私が庶務課に多大な迷惑をかけたことになる。申し訳なさすぎる。