嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「昔はいろいろ思うところがあったけど、今はなんとも思っていない。産みの親としか」

「そう……」

 母親は考え込むように口を閉ざした。

 松田(まつだ)沙倉。旧姓は朝霧沙倉。俺の生みの親であり、育ての母、弥生の姉にあたる。俺は彼女のもとで八歳になるまで暮らしていた。

 二人姉妹であった姉の沙倉は、朝霧の家や店をとても大切にしていた。だから物心ついた頃から自分が婿を取って、家業を継ぐのだと話していたそうだ。

 慎ましく暮らしていた彼女のもとに、父親である秋正が選んだ者と縁談話が持ち上がると事件は起きた。

 結納を交わす前日、両親と妹への謝罪を綴った手紙だけを残して、沙倉は突如として姿を消したのだ。

 沙倉を可愛がっていた祖父母は激怒するどころか憔悴しきってしまい、まだ高校生だった母親は相当苦労したという。

 そんな母親を精神面で支えたのが、当時秋正の一番弟子であり、俺の育ての父親でもある和志(かずし)だった。

 ふたりが結婚をして朝霧菓匠を継ぎ、再び平穏が訪れ月日は流れた。

 沙倉がどこかで幸せに暮らしているのならそれでいい。そう考えていた朝霧家に一本の電話が入るまでは。
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