嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「うちに来たのは小学三年生だったから、八歳になっていたわよね。それくらいの年齢なら全部覚えているかぁ」

 いつも陽気な母親にしては珍しく弱った表情を浮かべた。

 無理もない。これまで二十年以上この話題に触れてこなかったのだから、どう扱っていいのか困惑しているはずだ。

「ここまで育ててくれてありがとう。感謝してる」

「やだわぁ。嫁入り前の女の子みたいな台詞じゃない」

「ずっと心に思っていたけど改まって言うのもあれだし、タイミングがなかったから」

「仁は俺たちにはもったいないくらい出来た息子だよ。しっかりしすぎて心配になるくらいにな」

 自分の殻に閉じこもり、まともに人と会話すら出来なかった俺が、無愛想ながらもここまで成長できたのは、間違いなく朗らかで愛情深い彼等のおかげだ。

「挙式は親族だけにする」

「ふたりがそうしたいなら、そうすればいいわ」

「あの人を呼ぶべきなのか、母さんたちの意見を聞きたい」

 ふたりが顔を見合わせる。先に口を開いたのはやっぱり母親だった。

「仁は沙倉(さくら)をどう思っているの?」

 沙倉。久し振りに聞く名前だ。
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