嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 一緒に暮らすようになってから毎日顔を合わせているというのに、仁くんに対する過剰反応は一向に治まる気配がない。

 ドキドキと速いリズムを刻む胸に手をあてて小さく息をついた。

 茶屋でお客さまに提供する生菓子は月替わりの常時三種類で、注文を受ける前にサンプルを見せて決めてもらう。

 今しがた訪れた老夫婦のお客さまは、旦那さんが四月限定の桜、奥さんが菜の花をモチーフにした練り切りを注文した。

 仁くんは普段滅多に見せない笑顔でお客さまと会話をしている。

 隣で萌が、誰にも聞こえないくらいの小さな声で「うわぁ、王子さまスマイルだぁ」と両手を口にあてて頬を赤らめていた。

 ご年配の方はだいたい若旦那と呼ぶが、若い女性のお客さまからはスイーツ王子と呼ばれたりしている。

 以前阿久津さんが、『和菓子を見にきているのか朝霧さんを見にきているのか分からない』と複雑そうな笑いを浮かべていた。

 私はどっちもなんじゃないかと思った。仁くんの素敵な笑顔も、美しい和菓子も、溜め息が漏れるくらいに魅力的だもの。
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