嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「おはようございます!」

 阿久津さんの気合いの入った挨拶を皮切りに、私と萌も大きな声で続ける。

「おはよう」

 仁くんは穏やかな声で返事をし、私たちの顔を見回して「元気がいいな」と呟いた。

 うわぁー。かっこいい……。

 胸がキュンと高鳴り、一瞬にして顔に熱が集まる。

 工房で働く人間は動きやすさを重視したコックコートを着用している。仁くんもコックコート姿のときの方が断然多いのだが、今日のようにお店に顔を出すときは着物で正装する。

 今日の着物は青みがかったグレーで、清涼感と上品さを感じさせた。そして同系色でまとめず明るく派手な金茶帯を差し色としているあたり、センスのよさがうかがえる。

「阿久津くんは、俺の手元だけでなくお客さまとのやり取りも注意して見ておいて。そのうち俺
に代わって立つかもしれないんだから」

「はっ、はい!」

 背筋を伸ばして真面目な顔になった阿久津さんだったが、かけられた言葉がうれしい内容だったからか口もとが緩んでいるのは隠しきれていない。

 阿久津さんすごいなぁ。期待されているんだろうな。

 ふたりの顔を交互に眺めていた私の横を仁くんがすっと横切る。そのときほんの僅かだが肩が触れて、心臓が高鳴った。
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