嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 手前にふたり、奥にふたり、間の誕生日席となっている席は、誰がどこに座るという決まりはない。

「仁くんはビール飲むの?」

 手前の右側に座ってすぐに、料理を運んできた花帆に訊かれて、少し悩んだ後「そうだな」とうなずく。

「俺も」とソファから飛び起きた杏太に続いて、「じゃあ父さんも」と、部屋の隅で新聞に目を落としていた父親が立ち上がった。杏太は俺の正面に座り父親は誕生日席に腰を落とす。

 こうなると花帆がどこの席を選ぶか気になって落ち着かない。杏太がいない場合が多いので、いつもは自然と夫婦である両親が並んで腰掛け、対面に俺と花帆が座るといった構図になるのだが。

 先に男性陣でビールをお酌し合う。お茶が入ったグラスを持ってきた花帆は、俺の隣にストンッと腰を下ろした。内心ホッとする。

 母親が杏太の隣に座ってみんなの顔を見渡した後、パンッと音を鳴らして手を合わせた。

 それを合図に声を揃えて「いただきます」と言い、次いで「かんぱーい」と軽快にグラスをぶつけ合う。

 さっき杏太に珍しいと言ったけれど、俺自身も和やかな家族団らんからはしばらく遠ざかっていた。

 こういうのもいいよな。仕事に熱中するあまり人間らしい生活というのを忘れていた。
< 44 / 214 >

この作品をシェア

pagetop