一匹狼くん、 拾いました。弐

「仁くん、スイーツはね、そんな簡単に作れる物じゃないの。新人のアルバイトの子なんか、パンケーキをすぐに焦がしちゃう。君も初めて作った時は、そうだったでしょ? それに料理は、楽器とかと同じで、やる習慣がないとどんどん下手になるものでしょう。それなのに、スイーツを作ってこなかった君が、あんなに美味しいパンケーキを作れたのは、料理が上手かったからじゃない。君が美味しいパンケーキを作ろうとしたからじゃない? 違う?」

「え」

「だって生クリームのトッピングに拘ったり、生地をこねて動物の形にしたりするのなんて、スイーツならではでしょう? スイーツ作りには、スイーツ作りにしかない難しさがあるの。それなのに君が美味しいパンケーキを作れたのは、君が美味しくしようとしたからだよ」

 そうなのだろうか。

「違います。……俺はただ、人に期待するのが怖くて、何でもかんでも、自分でとことん納得いくまでしちゃうだけです」

「仁くん、君みたいな十六歳の子供がそんな価値観を持っていたら、人生がとてもつまらなくて、寂しいものになってしまうわ」

 確かに、それは正論なのかもしれない。でも、俺はそれでいい。

「……つまらなくていい。楽しくなくていいです。楽しかったら、そうじゃなくなった時に心が持たなくなってしまうから。……俺はミカと結賀さえいれば、他には何も望みません」

「仁くんは本当にそれでいいの? そんな考えじゃ、パティシエなんて夢のまた夢よ?」

「その夢は捨てました。……捨てたハズなんです。とっくのとうに。それなのに俺は、まだあんなに、スイーツを作る気がある」

 きっと今日パンケーキを焦がしていたら、すっぱり諦めがついていた。

 それがわかっていたはずなのに、俺は焦がすどころか、レシピ通りに、忠実にスイーツを作ろうとした。

 きっとそうしたのは、夢を捨てる気なんて、本当はこれっぽっちもなかったから。あの夢は、パティシエになるという夢は、捨てたのではなく、無理やり蓋をして、考えないようにしたものだから。


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