イケメン従者とおぶた姫。
あれから3日ほど経ち、ショウは熱もだいぶ下がり発疹も目立たなくなってきた。

だいぶ体力も回復し、ご飯もお粥から普通食を食べられるようになった。

でも、あと数日間は定期的に点滴をしなくてはならないので、もう少しだけ入院する事になったのだが。


けど、ショウにとって今の状況は違和感だらけで戸惑いしかなかった。

何故なら


お婆が、泊まりがけでショウのお世話をするのは分かるが

サクラがいない。

自分の手足のように、何でも動いてくれる
サクラがいない。

ショウの事を可愛い可愛いと褒め甘やかして何でも我がままを許してくれるサクラがいない。

いつも当たり前のようにいたサクラが…。


かわりに



「ショウ、マンゴーでも食べるか?」


と、いつも家にいない父親が甲斐甲斐しく
自分の世話をしている。


「…お父さん、お仕事行かなくて大丈夫なの?」


リュウキが鬱陶しいというわけではないが、こんなに長らく家に居た事のないリュウキに
違和感しかなくて、とても居心地が悪く感じた。

なんと表現したらいいものか…
まるで、親戚が家に泊まりに来た時のようなぎこちなさというのか。心が休まらない感じ。
プライベートな時間がない緊張感がある感じとでもいうのか。


「ああ。今まで仕事を頑張ったから長期休暇をもらえる事になった。」


そう言って、柔らかな表情を見せ
切り分けたマンゴーをショウの口元へと運んだ。


…パク


ショウがそれを食べると、嬉しそうに目を細めショウが食べるのを見ていた。


「…せっかくのお休みなのに、遊びに行ったりしなくていいの?」


ショウが、そう言うと

リュウキは一瞬だけ悲しそうな表情を見せ


「…お前は、ここに俺がいると嫌か?邪魔か?」


と、聞いてきた。

まさか、そんな回答が返ってくるなんて思ってなかったショウは驚いて


「…ち、違うよ!そうじゃなくて、お父さん
ずっと病院にいて私のお世話をしてくれてたでしょ?
お仕事じゃないのに、私のお世話して大変でしょ?お仕事なら仕方ないけど。」


そう言った。

すると、リュウキは驚愕の表情になり
酷く傷ついた顔に変わっていった。


「…少し、外に出てくる。」


リュウキは、椅子から立ち上がるとどこかへ居なくなってしまった。

最近、こんな感じだ。

普段、リュウキとまともに会話という会話をした事がなかったショウ。

ショウが入院してから、リュウキはぎこちなくはあるが話しかけてくるようになった。
会話が続かなく無言になる事も多いのだが、無理にでも会話をしようとするリュウキ。

そんなリュウキを見て、ショウはお話無いんだったら無理に話しかけなくていいのにと
居心地悪く思っていた。

しかも、会話をしていて
どうしてだか傷ついたような顔をする事があるリュウキ。その度に、リュウキはどこかへ居なくなってしまう。


…何か、嫌な事言っちゃったのかな?と思うショウ。だから、リュウキが戻ってきた時に


「…さっきは、ごめんね?
私、嫌な事言っちゃった?」


と、謝る。すると、リュウキはまたも傷ついた顔をして、今度はショウの体を抱き締め


「…違う、違うんだ。俺が悪い。」


何故だか、リュウキが謝ってくるのだ。
そこの所が全然分からない。

もしかしたら、お仕事で頭を打っておかしくなったのかもしれない。

それは大変だと、昨日お婆に相談したら
大丈夫だと大笑いされてしまった。


…よく、分からない事だらけだ。

大人になったら分かる事なのだろうか?



それにしても、お父さんと眠るのは初めてだなと思う。

小さい頃からショウは、眠る時サクラとばっかり眠っていたから父親と眠るのは違和感しか感じない。

入院してから、リュウキは寝巻きに着替えるとショウと一緒のベッドで眠るようになった。


サクラと全然違う香りがする。

サクラは、スズランの花のような清楚で高貴ないい香りが控えめにする。

リュウキは、独特の強い匂い
(ショウは分からないから例えようがないが女性を引き寄せる男性特有のフェロモン・雄の香り)と、力強さと自分を主張するような色の濃い大輪の花の強い香りがする。

抱っこされ寝てみて驚いたのが
サクラと全然違う抱っこされ心地。
リュウキが身長195センチくらいあるせいか、筋肉が凄いせいなのか…。

サクラは細マッチョで体温がやや低めで
リュウキは男らしくガッチリしたマッチョで体温がやたらと低く寒がり。

人が違うだけでこうも違うものなのかと
ショウはビックリした。


しかも、抱っこして寝る仕草も全然違う。


サクラは、ショウを包み込むようにそっと
抱き締めたくさんのキスをしては頬ずりをし、足を絡め首口に唇を這わせ何度も吸い付いて顔を埋めてくる。

背中や腰…間違える時は、お尻や太ももを撫でてくる。

ねっとり絡まるような抱っこをして眠る。

その時、なんかとても…歯痒いような
こそばゆいような感覚に襲われ何とも言えないような不思議な気持ちになる。


それに対して、リュウキは

腕枕をし少しの間隔を開け、ショウを見ながら大きなゴツゴツした手で何度も優しく頭を撫でて

眠る時は、ショウの背中かお腹らへんに腕を乗せる。

そして、時折また頭を撫でてくるのだ。


なんか、サクラと全然違うなと思いつつ
リュウキに抱っこされて眠るのも…好きかもと思った。

…ポカポカ、あったかい感じがして。サクラとは全然違う安心感がある。


なんだか、幼い子どもか赤ちゃんにでもなった気持ちにさせられる。



お風呂は、看護師さん達がやってくれるけど。他にもお世話しないといけない患者さんがいるから忙しいらしく、あっという間に終わってしまうし雑でちょっと痛いし(サクラと比べて)マッサージもない。

お風呂に入った気分にならないけど
物足りなさもあったが、久しぶりに頭や体を洗ってもらってサッパリして気持ち良かった。

ここで思うのが、サクラがどれだけ自分を
優しく丁寧に丁寧に扱い、洗ってくれていたか
心までリラックスできるように配慮してくれていたかである。

それが、どれだけ贅沢な事だった事か。

それが当たり前だったショウは、サクラのありがたみを今更ながらに感じていた。


ここでは、リュウキやお婆、看護師さん達がお世話をしてくれるのだけど
当たり前な話ではあるが、サクラほど隅々まで行き届いたものではなかった。

お風呂上がりのベビーパウダーも誰もぬってはくれないし。寝る前のマッサージもないし
…他にも色々とあるが、細やかな気配りがないのだ。

そこで、ようやく自分がどれだけサクラに甘えていたのか気づけた。

いつも、リュウキが“お前はサクラに甘え過ぎだ”と言っていた意味がようやく分かった気がする。


今、思い返すと

幼稚園、学校と行くようになって
ご飯も、着替え(体育の為)も、授業の準備など、みんな一人でやっていたのを見て衝撃を受けた事を覚えている。

でも、サクラがやってくれるから
そこまで深く考えなかった。

学校の昼食は、いったん学校の外に出て
サクラと一緒に食べていたし

体育の授業がある日、メイドが着替えさせに来てくれていたが体育が大の苦手なショウは
体育に参加する事がなくなったので着替える必要もなくなった。

それに、イジメられていたので
学校もほとんど行かなくなってしまった。

だが、卒業だけはしないといけないって
リュウキやお婆にうるさく言われているので
通信制の授業を受けているし、テストの日だけは保健室登校してテストは受けている。

赤点がほとんどで、追試にまた保健室登校しなきゃいけないという面倒くささはあったが。


ここでも、サクラの事を考える。


サクラは学校に行ってるのだ。学校に行って授業をきちんと受け、自分は知らなかったが

メイド達の噂話を聞けば、どうやらショウが寝てる間に自主学習したり体を鍛える為にトレーニングもしているらしい。

それをこなしながらショウのお世話をする。

だから、2、3時間しか寝てないという話を聞いた事があった。

けど、そんな話を聞いても
“へぇ、凄いなぁ。ガンバってるんだな”
と、漠然と思うだけだった。

しかし、少しだけど旅をして一日だけだけどチィと生活してたくさん考える事が多くなった。

看護師さん達が忙しそうに動き回っている姿。入院中、いつもお世話をしてくれる
リュウキやお婆。


その姿を見て、サクラの事を考える。


こんな大変な思いをしてお世話して、その合間に勉強、トレーニング。そして、学校。

サクラは、いつ休んでいるのだろう?

リラックスしたり、心休まる時はあったのだろうか?


今まで、サクラの事をこんなに考えた事なんてなかった。

そう、考えると

確かに、リュウキの言った言葉は間違いじゃないと今更ながら思う。


サクラには、自分の時間がない。

サクラには、自由がない。

サクラの将来が潰される。


それもこれも全部、ショウのせい。


いつだったか、たまたまメイド達の会話を聞いた時。メイド達は言っていた。


“サクラ様は、おブタ姫の奴隷。サクラ様が可哀想。助けてあげたい。”

“サクラ様は、とても優秀な方なのにおブタ姫のせいで未来がない。”

“容姿も性格も醜い、デブス、おブタ姫の側にいるだけでも勘弁なのに
ずっと、付きっきりとかしんど過ぎる。
キモいだけ。吐き気がする。どんな地獄だよ。”

“おブタ姫と一緒にいたら不幸でしかない。”


その他にも、たくさん陰口は言われていた。

けど、サクラが大丈夫だって笑ってくれるから、好きでショウ様のお世話をしているって言うから…メイド達の陰口も気にしないようにしていた。

傷ついて泣いてはサクラに慰めてもらっていたのを思い出す。


けど、サクラの事を考えれば考えるほど


リュウキやメイド達の言っていた事に
納得せざる得なくなっている。


…そっか、そっか…



「…そっか…」



誰もいない病室でショウは、そう呟き涙を流していた。




一方のリュウキはというと、病院の屋上でタバコを吸っていた。

屋上の柵に腰を掛け、青空を流れる雲を眺め



「…あ〜あ、うまくいかね〜もんだな。
俺には、父親とか家庭は向いちゃねーな。
仕事してる方が全然マシだ。」


と、ボヤいていた。


「……けどなぁ。あんなブスでデブで、俺の血を受け継いでるってのに何やってもダメで。
…なのに、何でこんなに可愛く思えるのかねぇ。」


なんて、ちょっと顔を綻ばせた。

ショウが入院してから、リュウキは仕事を休みショウに付きっきりで看病をしている。

色々話してみたいが、実の娘だというのに
懐いてくれないし少々他人行儀なショウに
どう接すればいいのか分からない。

無理に話してみるも、お互いにぎこちなく
そして、会話の中で見え隠れする
リュウキに対するショウの気持ち。


今までは、懐かないショウに八つ当たりして
悪態ばかりつき、まともな会話なんてしてこなかった罰でも当たったのだろうと思う。


ショウが入院してこの数日間だけだが、
まともに話をしてみて分かった事がいくつかある。


何となく察してはいたが

ショウは、リュウキの事を親と分かっているが家族として認識していない事。

リュウキがショウの事を嫌っている、蔑ろにしている、邪魔に思っていると勘違いしている事。

などなど…聞いていて、愛する愛娘に
こんな事を思われていたとはと親として
悲しく居た堪れなくなって…つい、屋上へ逃げて来てしまう。


きっと、それは誤解だ。俺は、お前の事を何よりも愛している。なんて言った所で、あの
バカ娘には伝わらないだろう。

それよりも今は、ゆっくり時間をかけて歩み寄るしか方法が見つからない。

政治、軍事の天才だ鬼才だなんだともてはやされている自分が、愛娘一人にこんなに振り回され悩み息詰まるなんて一体誰が想像出来ようかとリュウキは苦笑した。


けれど、この数日間…僅かばかりであるが
ショウは自分に歩み寄って来てくれている気がする。


ショウが目を覚ました、その日。
ダメ元でショウにお粥を食べさせたところ

最初こそ、戸惑っていたものの

自分が差し伸べたスプーンから、パクリと食べてくれた。

その時の感動と言ったら…!

まるで、雛鳥に餌を与える親鳥のような気持ちだ。

美味しいか?もっと、食べたいか?

あまりに嬉し過ぎて泣きそうになってしまった。


そして、アイツはこんな気持ちで、ずっと
ショウに飯を食わせていたのかと思うと…。


出来るだけ、ショウの側に居て悪態以外の
会話をするよう心掛け話してみると

今まで、我がままで自己中でどうしようもないブタだと思っていた娘だったのに

ちゃんと人の気持ちを考えられる思いやりのある子だと気付かされた。優しい子だと思った。


チィの心配はさることながら

まさか、自分を殺そうとした将官の心配までするとは思わなかった。


ぶっちゃけ、どう処分をしようか悩み中で
とりあえず牢獄へぶち込んでいた。

何より大事な我が子を手に掛けようとしたのだ。想像を絶する地獄を見せてから苦痛に苦痛を与え処刑しようと考えていた。


なのに、我が子は言った。


「あの将官のおじさん、大丈夫かな?
私の事、王様の知り合いって勘違いしてたけど…。あのおじさん、どうなっちゃうの?」


なんて、聞いてきたから適当に


「処刑でもされるんじゃないか?」


と、答えると

ショウは顔を真っ青にして


「ダメだよ!おじさんは、王様が大事で

どうして、そう思っちゃったかよく分からないけど

私が王様に悪さする悪者だって勘違いしちゃっただけなのに!

おじさんの話聞いてて、そう思ったの。

もし、それが誤解って分かったら
もう私は大丈夫でしょ?

あのおじさん、助けてあげられないの?

お父さん、お金持ちでしょ?お金持ちの力でどうにかできないの?お願い!」


なんて、必死に必死に訴えかけてきた。

まさか、自分を殺そうとした相手の心配までするとは…バカ過ぎるというか…なんというか。

あまりに、必死にお願いしてくるものだから
あの将官の処刑は免除し
代わりに、俺の長期休暇を皆に納得させ
俺が居ない間、何の不備もなく事を進める事を約束させた。

恐ろしく大変な仕事だろうと想像できるが、これだけで処分が免れられるのだからいいだろう。

優秀なヤツの事だから、俺が戻るまで何とか繋ぎ止められるだろうと思いたい。


しかし、ショウの事だが。


これは、やり過ぎかと思ったが
一緒の布団で眠った時も、最初こそ驚いていたがすぐに慣れ眠ってくれた。


本当に、どうしてなのだろう。


ショウは、もう12才にもなるというのに
赤子か幼子にしか思えない。

自分のこの手で守らなければならない、豆腐よりも薄いガラスよりも脆く弱い存在だと感じる。

そこがまた、愛おしくて、可愛くて可愛くて仕方ない。

一緒にいるだけで心が安らぎ癒される。


そんな特権も、アイツに全て奪われていたかと思うと今までの自分の時間が勿体なく思うし……悔しい……





そんな感情がリュウキの心の中を占める。



「…親としての特権だけは…誰にも譲れねーなぁ。」



リュウキは、そう呟くと



…これは、なんとしてでもアイツに離れてもらわないとな。


と、心の中で思いながら、ある作戦を考えるのだった。

それが、まさか
こののち大きな事件へと発展するとは
この時、リュウキは思いもよらなかった。

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