イケメン従者とおぶた姫。
絶体絶命のピンチに陥っているショウ達。

黒い靄は、たまに消えかかってはまた復活するを繰り返している。
おそらく、まだ何かが不完全なのだろう。


「……おい…で…。おまえ…のいる所はそ…こじゃない…」


懸命に黒い靄は、こちらに向かって話しかけてくる。だが、おかしな事に黒い靄はこちらに近づいて来る事はなかった。

さて、どうしたものかとリュウキは考える。
何か行動に移したくても、何せヤツの底の見えない力と圧で身動きはおろか声さえも出ない。

自分とハナは辛うじて立っている事ができるが、ベス帝王は地面に膝をついてしまっているし、ベス帝王の従者は意識を失ったままだ。

サクラとオブシディアンも地面に片足がついてしまっている状態だ。

だのに、うちの娘ときたら怯えてサクラにしがみ付き黒い靄を見ないようにしている。サクラも何とかショウを守ろうと必死に包み隠していた。


「…違うだろ?…おまえが居るべき所はそこじゃねーだろ?…なあ?」


…この黒い靄は一体何を言っているのか。
しかし、醜女と絶美の宝石の物語の内容を考えてみればそうなのかもしれない。

ダメだ。何故か黒い靄もそこから身動きできないでいるようだ。

このままでは、永遠と平行線のまま…いや、そのうち自分達は奴の圧だけで気を失ってしまうだろう。…絶体絶命だ。成す術がないとリュウキが諦めかけていた時だった。


「…ど、どうしよう。」


と、己の愛娘がぐしゃぐしゃに涙で顔を濡らしながらサクラに話しかけていた。
だが、何の反応も見せないサクラを不審に思ったのか、サクラの胸元に顔を埋め隠れていたショウがようやく顔を出した。

そして、サクラの顔を見上げ


「…え?さ、サクラ?サクラッ!!?」


サクラの異変にようやく気がついたのだった。ショウを包む隠すように抱きしめていたサクラはピクリとも動かず目を開きあの黒い靄を睨んだまま動かなかった。
そこまでは、まだいいが。ショウの言葉に何の反応も示さない。顔も青白いを通り越して真っ白に見える。あまりの異常さに、ショウは焦ってサクラの名前を呼びユサユサと体を揺すった。

すると


…ドサッ…!


「…ヒャァァァッッ!!!!??
さっ、サクラ!サクラッ!!どうしたの!?」


サクラは、ショウが少し揺すっただけで地面に倒れてしまったのだ。
…意識を失ってもショウを守っていたのだろう。何が何でもショウを守るという強い意志が感じられ、その姿にリュウキは酷く心を打たれ絶体絶命のこの状況に諦めかけていた自分が情け無く


…何が一国の王だ。何が父親だ。
ここに守るべき人間がいるってのに、俺が前に立たなくてどうする!こういう時こその俺だろ!!?


リュウキは、無理矢理自分を奮い立たせ


「…しょ…う…」


サクラが倒れた事でパニックになるショウに声を掛ける。ショウは、どうしようと焦り助けを求めるようにリュウキを見てきた。

サクラの勇姿に奮い立たされ気合いを入れたリュウキは、何とか声を出すことができるようになっていた。

そして、体を動かす事を試みる。

ぎこちないし少し気を抜けば地面に崩れ落ちてしまいそうだが集中して、何とかサクラの前まで来るとゆっくり膝をつき


「…ありがとう。」


と、感謝の言葉を述べると、サクラの瞼に手を乗せ見開いたままの目を閉じさせた。

地面に倒れたサクラは、まるで死人のようにピクリとも動かず


「お父さん!サクラ、どうしちゃったの?大丈夫なの?」


ショウは青ざめた顔で必死にリュウキに聞いてきた。


「…ああ、大丈夫だ。相当、疲れが溜まってたみたいだ。だから、ちょっとだけ眠らせてやってくれ、な?」


リュウキは、大泣きするショウを諭すように大丈夫だと伝え優しく頭を撫でた。


「…サクラ、ちゃんと起きてくるよね?」


不安気に聞いてくる愛娘に、リュウキは


「…ああ。あの黒い靄が消えればな。」


と、遠くにいる黒い靄を睨んだ。
すると、ショウは


「…黒い…もや?」


なんて、疑問系で言ってきた。
ああ、靄って分からないかとリュウキはおバカな娘にやれやれと笑って


「靄(もや)ってのは、霧(きり)みたいなものだな。違いは後で説明してやる。」


と、簡潔に説明した。…が


「…へ?きり???」


ショウは何それと首を傾げてきた。
ガーン!さすがのリュウキも霧すら知らないアホ過ぎる娘にハリセンで頭を叩かれたような気持ちになってしまった。…ちょっと、これには頭を抱えると思っていたのだが…


「…霧なんて何処にもないよ?」


ショウは焦ったようにそんな事を言う。焦っているのは、しきりに黒い靄を気にしての事だ。怖くてしょうがないのだろう。

例え話が通じなかったか。と、リュウキは


「黒い半透明なものに、二つ赤い宝石がくっついてる物体があるだろう?」


説明が難しいなと思いつつ、向こうに見えないよう小さく黒い靄を指差した。だが、それに対しショウは青ざめた顔でブンブン頭を振りながらリュウキに訴えかけてきた。


「…なに、言ってるの!?お父さん、大丈夫?
あそこにいるのは、人の形をした…その…おえっ…」


何がそんなに気持ち悪いのか、ショウは気持ち悪いものを見たかのような反応で吐き気をもよおしていた。そんな我が娘の背中を優しく撫でながらリュウキは考えた。

…今までは、ショウはあまりの恐怖に気持ち悪さや吐き気を起こしているのかと思っていたが、何やら様子がおかしい。


「ショウ。ショウには、あの物体が何に見える?細かく教えてくれないか?
どうやら俺も疲れてしまって、あの物体がよく見えない。」


そうお願いするように聞いてみれば驚きの答えが返ってきた。


「…うん。人の形しててね。黒くて長い髪で赤い目をしてる。」


驚く事にリュウキに見えてる黒い靄の姿がショウにはハッキリと見えているようだった。
これで終わりかと思いきや


「…全身にね…オエッ…!」


まだ、続きがあるようだ。それを話すのによほど気持ち悪いのだろう。ショウは吐き気と戦っている。…だが、酷な事をさせてると思うが、何かの手がかりになる可能性があるためショウの説明を待つ。


「…サクラのお股についてるものと同じのがいっぱい。あと、お肉が割れてビラビラしてるのとか……オエエッッ!!!」


ショウの説明を聞いていてリュウキは理解した。ショウの目には、あの黒い靄は人の形はしているが全身、様々な色、形、大きさの無数の女性器や男性器、尻の穴で埋め尽くされていて穴という穴からドロドロと白や透明な液体が流れ出ているという。

…確かに、それは気持ち悪い。


「教えてくれて、ありがとな。」


と、もう既にビチャビチャ吐いてしまっているショウの背中を摩りながら、リュウキは自分が汚れるのも気にせずショウを抱きしめた。


「大丈夫だからな。お父さんが守ってやる。」


そう言って、ショウの背中を摩りながら黒い靄を凝らして見てみた。だが、いくら見ても黒い靄は黒い靄でしかなかった。


「…どうした?具合が悪いの…か?俺様達の家に帰って休もう。」


黒い靄の心配そうな声がする。
リュウキは考える。…否定のしようが無い。この黒い靄はショウと誰かを間違えているのか、まさかとは思うが…これは考えたくないが。
とにかく、何故かショウの事を気に掛けているようだ。

もしかしたら、黒い靄があそこから動けずいるのもショウが関係している?

そこまで考えが行きつきそうになった時だった。


上の方から


「「「こ、これは…!!?」」」


と、いう複数人の声が聞こえたと思った瞬間、一瞬辺りが真っ白に光りあまりの眩しさに目を閉じた。

目を開いた時には

自分達が元いた場所へと戻っていたのだ。


そして、目の前には、フウライ、ムーサディーテ国女王、ベス帝王の姿が。リュウキはその面々を見て、ほぼ全てを察し


「…この度は、我々を救っていただき深く感謝する。」


深々と頭を下げて感謝の言葉を掛けたのだった。大泣きする横幅の大きな女の子を抱き締めながら。

次第にツーンとする何とも言いがたい酸っぱい異臭にフウライ達はなんだ、このゲロ臭はと思わず顔を顰めたが直ぐに原因が分かった。


「申し訳ないが、気を失っている者がいる。直ぐに処置を施してほしい。」


とのリュウキの頼みで、フウライはすぐさま治癒魔導を施す。そして、無言でハナを睨みつけた。その視線にハナは笑って誤魔化すしかなかった。


ーーーーーーー


ーーーーー


そして、気を失った者達が目を覚ました所で、みんなを集め話をする事となった。



「まず、最初にあなた方の正体を教えてほしい。」


ベス帝王は、ベス帝王を名乗っていた青年とその従者に尋ねた。


「…もう、隠す事もないからね。
自分の名前はシープ。ムーサディーテ国初代王と女王の血筋だ。」


そう話すシープという男。アンニュイ感漂うこの男はかなりのイケメンであった。
絶美の宝石と呼ばれるダリアのお気に入りの愛人を先祖に持つだけのことはあるとリュウキ達は思った。


「結局の話。ムーサディーテ国を創った男と女の壮絶な騙し合いの結果。男が勝利し王となった。男は相当な幻術使いだったらしく、女王がいたという事実を無くし自分が初代を名乗った。
王と女王に子どもが居なかったのは、単純に美し過ぎるダリアを見たら他の人達が汚物にしか思えなくて生理的に受け付けなかったって理由らしい。」


なるほど、と、シラユキは複雑な気持ちではあったが色々と納得できてしまった。


「そして、王は女王の宝石を作り出せる特異体質を利用し財源にしようと考え、彼女の亡骸から卵子を取り出し人工的に子供を作った。

作ったはいいが、彼女の特異体質は子どもには引き継がれず。役に立たないと殺そうかとも考えたがいい案が閃いた。
ダリアの魂の入った宝石の場所を突き止める為にベス帝国に忍び込ませよう。もしかしたら、そこでダリア復活の鍵が見つかるかもしれない。そう考えて、子どもをベス帝国に送り込んだ。」


…何ともクズ過ぎる。人の皮を被った悪魔とでもいおうか。
よく、そんな残忍な事を思いつき実行できるもんだ。しかも、人工的とはいえ自分の子どもを。人間扱いどころか生き物扱いすらされてない。一同は、はらわたの煮えくりかえる思いでこの話を聞いていた。


「そのまま、月日が流れ王も老いには勝てず亡くなった。だが、子どもはそこで隠れながら生きていくしか生きる術を知らず、ベス城に忍び込んだまま子孫を残していって今に至る。
こんな生き方しかできなくした初代ムーサディーテ国王を代々に渡って恨みながらね。」


酷い話である。初代王の都合でここで生きることを余儀なくされ、代々ここで誰に知られる事もなく隠れて孤独に暮らしていたというのだから。


「ダリア復活に関しては初代王の気持ちとか全く関係なく、初代王がそこまでして復活させたかった絶美の宝石と言われる男に興味があったから。どれだけのものなんだろうってね。それだけ。」


ダリア復活を解明させることだけに翻弄され続けた哀れな一族の末裔、それがシープという訳だ。いまさら、普通の生き方などできないし。その普通すら分からないであろう。

シープの従者は、シープの幻術により洗脳された人間だという事も分かった。
代々がそうしてきたように、細やかな気配りのできる人間を見つけては洗脳し自分達に仕えさせてきたという。

これはこれで、何とも頭の痛い話である。シープも被害者ではあるが、シープの従者もまたシープの被害者である。
親が親なら…という言葉が浮かんでしまいそうになる。


「ところで気になるのだが。ダリアの容姿について美しい以外、何か細かな特徴など言い伝えられてはいないのか?」


リュウキは、気になっていた。物語ではこれ以上ない程の美しい男とされているが、ショウは“性器で埋め尽くされた化け物”とあまりに醜い生き物のように言っていた。これでは、物語と実物とではまるで正反対の容姿になる。


「ああ。それは大まかではあるが、ダリアの容姿の特徴について残ってる記述がある。
ダリアは、それはそれは美しい見た事もない様な黒曜石。緩やかに波打つ髪は長く先端に行くほど赤く染まっていく。目もまるで真っ赤な血を思わせる魅惑的なルビー色…」


と、そこまで話した所で「…フッ!」と、誰かの笑い声がした。思わず、そこを見ると肩を震わせ笑いを堪えるサクラの姿があった。

その視線に気がついたサクラは何事もなかったかのように何食わぬ顔でしれっとしていた。

それを見たリュウキは


「…はぁ。やはり、ここにショウも連れて来るべきだったな。」


と、頭を押さえ深いため息をついていた。

ショウは大きなショックと泣き疲れとゲロ疲れで、まだぐっすり眠っている。いつもなら、ショウの側にサクラが付いているが今回ばかりはそうはいかない。
何故なら、ここに居る誰よりも下手をすれば残された書物でさえ知らない事を知っているだろう想像がついていたからだ。

だから、ショウの側を離れないと駄々を捏ねるサクラを脅し、無理矢理にこの話し合いに参加させたのだ。

今、ショウの側にはオブシディアンがついている。


「今回の件で、お前も思う所があったはずだ。
いい加減、お前の知っている事を話してもいいんじゃないか?…あんまり、ダンマリを決め込んでたらショウを起こしてここに連れて来てもいいんだぞ?」


リュウキは、無表情・無関心を決め込んでいるサクラにため息混じりで少し脅しをかけた。

すると、少し目を見開き表情を歪ませたサクラは


「あんなに恐ろしい目に合ったばかりだというのにショウ様があまりに可哀想だ。お前には血も涙もないのか!このクソヤロー。」


それはそれは美しいクールビューティーな顔を歪ませ、普段からは想像も出来ない汚い言葉でリュウキを罵ってきた。
リュウキもリュウキで子供じみた脅しばかり掛けてサクラを揶揄って少し遊んでいるようにも見える。

それには、もうみんなビックリするばかりで呆然と二人のやり取りを見ていた。


「なら、言え。このままじゃ、いつ何処でまたショウがあんな恐ろしい目に遭うか分からないだろ。少なくとも今回の事で、ショウはダリアに目をつけられたに違いない。
ここまで言っても分からない程、お前の頭は悪くないだろ?」


そうリュウキが話すと、サクラは悔しそうに顔を歪ませ


「…このクズが!」


と、吐き捨てて渋々話し出した。

< 51 / 119 >

この作品をシェア

pagetop