イケメン従者とおぶた姫。
あんなに騒がしいロゼが急に大人しくなって、ショウだけでなくシープ達も何事かと心配していたのだがサクラだけはいつも通りで…時折顰めっ面をしてロゼが隠れている場所を見ていた。

その日、ロゼはショウの髪の隙間に隠れたままで、いくらショウが話しかけても

「…お主様ぁ…。…ちとばかりそっとしてほしいのじゃ。」

と、か細い声で謝り、夕食を取る事もなくショウの首と髪の間に頭を隠しションボリしていた。

それでも、ショウにピッタリとくっ付き離れない所を見るとどんな時でもショウの側に居たいのだろうと感じる。

就寝時間。ショウが眠りについたのを見計らいサクラは、ショウのプヨプヨのお腹に顔を埋め寝ているロゼの頭を足で踏みつけようとした。

…が、ロゼはそれを避け

ドンッ!!!

「…クッ!?」

いつの間にかサクラを床に転ばし、サクラの頭を足で踏みつけた。

大きな物音を出してしまいサクラは、ショウが起きたのではと心配したが少し反応はあったもののグッスリ眠っていた。

それに対し、安堵するも

「このバカ猫!ショウ様が起きてしまったら、どうするんだ。もう少し、考えろ!」

と、サクラが叱りつけた。その事でロゼもハッとしグウグウ眠っているショウを見てホッとし

「…お主様…。我はまたお主様に迷惑を掛ける所じゃった。」

ショウに向かって小さく呟くと小さく肩を落とした。そして、俯きサクラに向き直ると


「…何用か分からぬが、今はソッとしてほしいんじゃ。」

と、サクラの頭を踏みつけたままシュンとしていた。

「…グッ…!テメェ、大人しく踏みつけられてろよ!」

サクラは、ギッとロゼを睨み見上げた。
それから、フゥ〜…と息を整えると

「…とりあえず、このバカ足をどけろ。
…少し話がある。」

と、サクラは立ち上がり、イライラを隠しもせず顎と指で外に出ろと合図した。

「…話なんぞする気分ではない。放ってくれ。」

ロゼがその合図を無視して、ショウの布団の中へ入ろうとした時

「…ショウ様とお前についての話だ。今じゃないとダメだ。」

サクラは、そう言った。

その言葉に反応し、ロゼは渋々サクラについて行くのだった。


そこは宿の屋根の上。そこにサクラとロゼは立っていた。

二人は、互いに微妙に離れた距離にいて少しばかりソッポを向いている。…空気も微妙である。

…仲が良いって訳でもなく嫌いって訳でもない、微妙な位置関係にある二人は気まずい雰囲気である。

この何とも言えない微妙な雰囲気に


何かやだなぁ…お主様の所に戻りたいなぁ〜。

…我に話があると言った割に全然話さぬではないか。なんで、こやつは我を呼び出したのか?

…気まずくて居心地悪いし帰ろっかな。

なんて、考えロゼは本当に帰ろうとした時だった。ロゼを呼び出したにも関わらず、しばらくの間無言だったサクラがようやく口を開いた。


「………12年だ。」


ボソリと呟かれた言葉にロゼは帰る足を止め振り返った。


「…え?」


すると、下を俯きワナワナと体を小さく震わせるサクラの姿が目に映った。


「…俺が、ショウ様との関係性をここまで築き上げた年数だ。…なのに、お前は誕生したその日の内にショウ様の心を開かせた。」


…ドクン…


「俺はショウ様の心を自分だけに向けようと今も必死だ。心だけじゃない。
まだ天守として未完成な俺の目の前で、お前は生まれて直ぐだというのに“天守の儀”を行いショウ様に受け入れられた。
…そんなお前を見ていた俺の気持ちが分かるか!?」


…ドクン…


「俺は、ショウ様が赤ん坊の頃からずっと側にいた。…いや、それ以前よりずっと…。
毎日毎日、悪戦苦闘しながらも日々コツコツと努力し積み重ね、そして現在がある。

なのにだ!お前は生まれて直ぐにショウ様の心を掴んだんだ。その時の俺の悔しさが分かるか!?」


…ドクン…


「…そんなお前が…生まれたてのお前が、1日やそこらで俺と同じ関係性を求めるな!!」


そう声を荒げ、顔をあげたサクラの目からはたくさんの涙が溢れていた。


…ドクン…!


「…言いたい事はそれだけだ。」


と、サクラが言った所でロゼは下を俯き肩を震わせていた。


「……ソチが……」


「…分かっただろ、そういう事だ。だから、ムカつくがお前も…」


ロゼの気持ちを汲んで、少々口は悪いがサクラはロゼに励ましの言葉を掛けようと声を掛けている時だった。


「…サクラでさえ、時間の掛かったお主様の心を我が最速で………」


「そうだ。俺も時間が掛かった事をお前は最速で……は?」


ロゼの言葉に何か引っ掛かりを感じ、サクラは…ん?と、疑問を感じロゼを見た。

すると


「…プッ!プクククッ!!」


ロゼは肩を震わせながら口元を押さえている。


「???」


どうしたのかとサクラは様子を見ていると


「…ブハッ!ヒャーハハハッ!!
なんじゃ、なんじゃ!サクラぁ〜。ソチはお主様の心を開かせるのに12年も時間を要したのか!?なんと、不器用なっ!情けなか男よのう。
我は、す〜〜〜ぐお主様の心を鷲掴みにしたもんねーじゃ!」


と、声高らかに笑い、腰に手を当て腰をそり返しサクラをボロクソ言って自分を上げてきた。


…こっ…コイツッ!!?


そんなロゼにサクラは少しでもこのバカ猫に優しさを見せた自分が馬鹿だったと、ムカつきすぎて体をワナワナと大きく震わせ額にピシピシと青筋を立てていた。


「…こんのバカ猫がっ!!」


コイッツッ!本当にムカつくっ!!!


「そーか、そーか!やはり、我は天才じゃ!!
ヒャーハハハッッ!」


しかも、サクラを指差し見下すように笑っている。今のロゼの顔は凄く悪い顔だ。


すぐ調子に乗りやがって!

これだからガキは嫌いなんだよっ!

あ〜〜、殴りたい。下でショウ様が眠ってなきゃ今すぐにでも殴ってやるのにっ!!


サクラははらわたが煮えくりかえりそうだったが、屋根の下眠ってるショウの事を思えばうるさくできないとそれだけの気持ちでめちゃくちゃ我慢した。


「我はお主様に一等好かれておるって事じゃな!クフフッ!やったー!やったーーっ!」


だが、サクラの言葉を純粋に受け取って無邪気に喜び、両手を広げぴょんぴょん跳ねて隠す事なく喜びを表現しているロゼを見ているとムカつきはするが不思議と許せてしまう。

一番好かれてるのは自分だけどな!と、イラッとするが、ここは大人の余裕で大目に見ておく事にする。なんてサクラは無理矢理に自分に言い聞かせているが、米神と口端がひくついていた。

まあ、ロゼの元気も戻った事だし…何で、俺がこんな事しなきゃいけないんだとサクラは思いつつ、小さくため息をつくと一人はしゃぐロゼを残しショウの元へと戻った。

それに気づき

「あ!我もお主様の所に帰るぅっ!」

ロゼもルンルンと軽い足取りでショウの元へと帰った。


ロゼはサクラの言葉がよほど嬉しかったのだろう。ショウの元へと戻ってから、床に膝を付きベットの上にヒョッコリ顔を乗せてキラキラした目で眠っているショウを見つめていた。
時折、クフフッ!と、我慢しきれない嬉しそうな笑い声を漏らしながら。

サクラは、…ハア。と、短くため息をつくと

「…さっさと寝るぞ。バカ猫。」

そう言ってロゼの視線を遮るように前からショウを抱きしめ、「おやすみなさい、ショウ様。よい夢を。」と、小さく囁き、ショウのおでこにキスをし眠った。

サクラに邪魔され、ショウの姿が見えなくなったロゼは

「…ぬおっ!?意地悪サクラが邪魔する!最悪じゃ!」

と、小声でサクラに抗議し、せっかくの眼福の時間が台無しじゃ!と、プンスコ怒りながらショウの後ろにしがみ付き秒で寝た。

「…クフっ!クフフッ!お主様ぁ…」

さっそく、寝言を言ってるロゼだ。幸せそうにショウの背中に顔を擦り付け擽ったそうに笑っていた。


そんな二人の様子をオブシディアンは、何があったか分からないが問題が解決したようで良かったとフ…と柔らかく笑っていた。


しかしながら、出会ったばかりのロゼと出会って二日しか経ってはいないが、今のロゼでは性格が徐々に変わってきている気がするとオブシディアンはその事について少し気になっていた。

その様子をシープは寝たふりをしながら、こっそり見ていてオブシディアンは寝る時も包帯は取らないんだな。いつ、包帯外してるんだろ?と、疑問に思っていた。

風呂の時くらいしか包帯は取らないのか?

包帯の中身が気になる。

それにしても、オブシディアンって普段は淡々としているようで…。

と、布団の隙間からオブシディアンを覗き見ていたシープは、オブシディアンと目が合いそうになって慌てて目を瞑った。

あ、危なかった!

もう少しでオブシディアンと目が合うところだった。

…ドッキドッキッ!!!?

オブシディアンは、シープの狸寝入りしてる姿を見て小さく笑いようやく自分も布団についたのだった。




次の日の朝には、ロゼは元気を取り戻していた。ショウの周りをクルクル飛び回り、ピーチクパーチク楽しそうにお喋りをしている。

甘えたくなった時は、ショウの肩に乗り全身でショウの顔の頬などにスリスリ体を擦り付けている。おねだりする時は、ショウの腕に両腕でホールドし上目遣いでウルウルした目で見てくるのだ。

全身から、ポンポンとたくさんのハートが飛び散っている錯覚が見えるようだ。

宿の朝食でショウ達と鉢合わせたヨウコウ達は酷く驚いた。

…だって…

「…余の見間違いでなければ、ロゼは飛んでないか?」

「…あれぇ〜?ミミの耳がおかしくなったのかなぁ?ロゼちゃんがぁ喋ってるように聞こえちゃったですぅ〜。」

猫であろうロゼが空中を飛び回り、しかも人語を喋っているのだ。猫の筈なのに…と、ヨウコウとミミは夢でも見ているのかと驚きを隠せなかった。

だが、楽しそうに空中を飛び回ったり、甘えたり…やっぱりロゼは凄く可愛いし美しい。
そんなロゼに好かれているショウが凄く羨ましくて、でも底辺デブスに羨ましいなんていう感情なんて持ちたくなくて。
ヨウコウはその感情を苛立ちに、ミミは嫌悪に変換して二人はますますショウの事が嫌いになり更に見下すようになった。

二人は、…ギリっと歯ぎしりをし、ショウムカつく!と、敵意を持った表情でショウを睨んでいた。


ゴウランとミオは、ああ…やっぱり猫じゃないわと遠い目をしつつ

よく口が回るし、じっとしてられないのだろうか。せわしない。

それにしても、あんなに目をキラキラ輝かせて。ロゼの周りにたくさんのハートがポンポンポーンと見えるような気がする。

ショウの事大好き過ぎるだろ。

と、ロゼに対し二人は似たり寄ったりの事を思っていた。

けど、あんな可愛いペットに好かれるとか羨ましいなぁとゴウランはショウを羨ましく思った。

ミオは、動物が苦手なのであんまり関心を持てなかった。


そんな中、その様子を見ながらオブシディアンは口飛ばし(商工王国隠密が使うテレパシーの様なもの)で商工王国で仕事をしているリュウキと会話をしていた。
もちろん、波動を得意とするサクラにもそれは聞こえ会話もできる。

なので、未知数の能力や力を持つロゼだから、もしかしたらと考えて言葉飛ばしをしながらロゼの様子を注意深く見ていたのだが、どうやらロゼには言葉飛ばしが聞こえてないらしく自分の考えが杞憂に終わりオブシディアンはホッと胸を撫で下ろした。

しかし、隠密の任務にあたり極秘の内容を漏らさないよう編み出された隠密特有の技なのだが…サクラに関しては隠し事はできない。

サクラ同様に言葉飛ばしを聞き取る事のできる者がいるとすれば…その対策を考えなければならないだろう。

そう考えながら、オブシディアンはリュウキの話に耳を傾けていた。

【「…しかし、ロゼの話が本当でロゼがダリアではないというのならば、ショウの“天守、剣”が2人存在するという事になるな。
だが、それはおかしな話だ。」】

『特例という可能性はないのですか?』

【「本来なら、天守、剣と盾は一人づつと決まっている。特例は見た事も聞いた事もないな。
ショウの天守も剣と盾一人づつだという報告も受けていた。だから、間違いない。」】

『…報告を受けた?』

【「ああ、天守2人を決める審査官がいてな。あらゆる世界、未来、過去から天守の候補達を集め試験を行う。」】

『…試験?』

【「ああ、試験だ。その試験をくぐり抜けた合格した二名だけが天守になれる。そして、試験の内容が内容だけに試験を受けた者達全ての記憶を消し、天守として選ばれた二名を除き全ての候補達は元の世界へと帰されるようになっている。」】

『…合格した天守二名まで試験の記憶を消されるのですか?』

【「そうだ。だが、“運命人”である天と天守は試験内容の一部で強く惹かれ合い、記憶を失おうとも互いを求め引き合うと聞いた。
多分、記憶は無くとも魂や細胞レベルで心が覚えているのかもしれないな。
内容までは分からないが、それほどまでに濃厚で濃密な試験だという話を聞いた事がある。」】

『では、ダリアとは一体何者なんでしょうか?
そうなってくるとロゼの存在も気になります。』

【「確かに、ロゼに関しても何故、この世界で今、誕生したのか。天守、剣だというなら、前々世にショウが生まれた時には、存在していなければおかしい。」】

『…ロゼが、偽物の天守という可能性は?』

【「ロゼに関する報告を受けてる限りでは、ロゼは本物の天守、剣である可能性は高い。
何故なら、ショウがロゼの天守の儀を受け入れたからだ。ロゼが天守でなければ、そんな事はあり得ん。」】

『…お言葉ですが、サクラさんもショウ様の天守なのですよね?なのに、彼が天守の儀を行ったのを見た事はありません。』

【「…ああ。サクラは天守、盾だろうとは思うがおそらくだが天守の力が欠落しているのだろう。それを取り戻すまで儀を行う事ができないんだろうな。」】

『…天守の力とは?』

【「さあな。それはサクラにしか分からない。…しかし、ダリアという存在が不可解だ。
そして、何故こんなにも遅れてロゼが誕生したのか。やる事は多いだろうが、引き続きロゼの様子を随時報告してくれ。」】

『御意。』


【「ああ…そうだ。あと、ショウの話なんだが、旅でバカ天守共が四六時中ショウから離れないだろ?」】

『…そうですね。ショウ様から離れるといったらトイレくらいでしょうか。』

【「…ハア。そんな事だろうと思った。
ショウにとってのこの旅の目的は、社会勉強や運動不足解消の他に心の成長をも目的とした旅のつもりで送り出した。
だが、アイツらがいる限りショウはアイツらに甘える事ばかり覚えて心の成長の妨げになるのではないかと考えた。」】

と、いうリュウキにオブシディアンは、ショウから離れる事なくベットリくっ付いてデロデロにショウを甘やかし尽くしている二人の姿を思い出していた。

…確かに、あんな調子ではショウの心の成長という部分では目的を果たす事は困難だろう。何より、王が恐れているのはそこではない。

もしもの事を心配している。

この先、何が起きてもおかしくない。

もしもだ。なんらかの事情でショウ様とあの二人が引き裂かれる事となったら?離れる事を余儀なくされたら?

二人に尽くされる事が普通状態のショウ様は、いきなりあの二人と離れる事になったらどんな風になってしまうのだろうか?

そこを考えると…

と、オブシディアンが考えていた所に


【「だから、旅の間だけでも二人をショウから離す…とも考えたが、あの二人がそれに耐えられない事はサクラの件で理解したつもりだ。
だが、ショウの為を思うならこのままでもいけない。

そこでだ。

例外を除き、一日の内、午前中二時間、午後二時間の間、あの二人はショウとは別行動とする。
もちろん、ショウの後をつけたり見守るのも禁止だ。少なくとも、ショウの姿が見えない場所で過ごす事とする。

緊急以外、ショウへの連絡も禁止だ。」】


そう命令を下した所で、そこに待ったを掛け猛反発するサクラがいたが、長い口論の末にサクラは口負けてしまい不貞腐れていた。


サクラは不貞腐れつつも、リュウキとオブシディアンの“天守”についての会話を聞いていた時少し思う事があった。

なので、ショウのふかふかのお腹に埋もれて幸せそうに眠っているロゼに


『……い…、おい。…おいっ!聞こえてんだろ?さっさと起きろ、エロ猫!!?』

ロゼの目が覚めるまで容赦なく言葉飛ばしで叩き起こした。ショウ以外にはなかなかに酷いサクラである。

『…ムニャ…イラッ。…なんじゃ、サクラ。
我は眠いのに…遠慮なく直接頭の中にガンガン話しかけおって!うるさいったらありゃせん!』

一応、ロゼも気遣いができるらしい。ショウの眠りを妨げないようそれこそテレパシーでサクラに言葉を返した。

無理矢理起こされた事で苛立ちプンスコプンスコ怒り嫌味ったらしくサクラに文句を言っている。

サクラはそれをサラッと無視し

『お前について気になった事がある。』

と、ロゼの意思はまるで無視で自分の気にかかった事を聞いてきた。

『…ほんにのぅ。ソチはお主様以外には唯我独尊男じゃの。ソチの本性を知ったらお主様に怯えられるぞ。』

それに対しロゼは相当なまでに呆れていた。

『ショウ様以外になんと思われようと関係ない。それに、ショウ様には嘘偽りなく誠心誠意、正直な気持ちで接している。』

と、淡々と喋るサクラは、ロゼから見てどうも血の通っている人間とは思えなかった。

『…で?我に聞きたい事とはなんじゃ。』

『お前、生まれたての頃と今じゃ、随分性格が変わった気がする。何があった?…まさか、ダリアの関係か?』

サクラは、生まれたての時のロゼの性格と次の日くらいにはまるで正反対にも思える性格に変わってしまった事に不信感を抱いた様だった。

しかも、サクラが話したショウの心を苦しめたにっくきダリアの名前まであげ疑っている。

…イラッ!!

『…お主様に対する我の一途な想いを愚弄するとは同じ“天守”として遺憾に感じる。
じゃが、我のお主様への気持ちを疑われるのも癪じゃ。ここは正直に答えようぞ。』

ロゼは思った。ここで自分が正直に答えなければサクラは自分を排除しようと画策してくる可能性がある気がする。直感的に何となくそう思ったし、何より自分のショウへの気持ちを否定される事がとても嫌だった。弁解しなければ気が済まない気持ちでいっぱいだ。

『最初、お主様と触れ合って“このままではいけない”と感じた。』

『…なんだ、それは?』

『確かに、今の我の行動は我の性格からして有り得ん事じゃ。…じゃが、お主様と接してみて感じ思った。
お主様には遠回しには伝わらない。見聞きしたそのままを信じてしまう傾向がある。
…ならば、本来の性格のまま行動すればお主様に大きな誤解をされ、恐怖まで与え我に近づかなくなってしまうのではないかという恐れを感じた。』

そうなのだ。本来、ロゼの性格からしてショウに対するあの行動は考えられない事だ。
もし、今までのロゼを知る者が居たとしたら、現在のロゼを見て同一人物かと目を疑う事だろう。

…まあ、ロゼは生まれて間もないのでそんな人物なんていないのだが。あくまで、もしもの話である。

『…こんな事言っても分からぬやも知れぬが…“前にそんな事が何度もあった気がする”のじゃ。感覚的にとでもいうのだろうか?
最初のお主様の反応を見て“自分が変わらなければ”何故かそう感覚的に思った。』

ロゼの言葉にサクラはピクリと反応した。
…何故だろうか?

“このままではいけない”

“自分が変わらなければ”

“前に何度もあった”

“感覚的”

それらの言葉に見覚えがあるのだ。何故だか分からないが…。

『お主様に不快な思いをさせるくらいなら、大きな誤解をさせてしまうくらいなら我のちっぽけなプライドなんていくらでもへし折れるわ。』

と、いうロゼにサクラは雷に打たれた気持ちになった。

…同類だと。


『じゃが、今の我はほんに幸せじゃ。
自分の気持ちを素直に表現できている事に満足しておるよ。
同時に…不思議じゃが、“何故、今までこんな風にできなかったのか”という“後悔”もある気がする。』

なんて満足気に話すロゼに嘘偽りはないだろう。

『…サクラよ。ソチもそうなのであろう?
ソチの様子を見ても、そうとしか思えん。お主様に対する態度と我や他の者への態度は別人かと疑う程までに違う。』

図星をつかれピクリと反応してしまったサクラは過去の自分を思い出していた。

2度目の転生で、ようやくまともにショウと触れ合う事ができた。そこで直面した自分の不器用な性格。

その不器用さうえにショウから距離を置かれていた時期もある。

サクラは基本的に無口だ。無口なうえに人が大嫌いで近づきたくないから距離を置く。
周りからはよく、無表情、無感情、無愛想と言われる。自分でもそう思う事があるくらいだからそうなのだろう。

そのせいもあり、幼いショウによく「わたしの事きらい?」なんて泣かれた事もあった。

その時の自分は、何故ショウ様がそんな風に思ってしまうのか理解できずショウ様を苦しめている自分が許せなくて、でも、どうすればいいのか分からなくて苦悩する毎日だった。

こんなにショウ様の事を想っているのに伝わらないもどかしさが辛かった。けど、ショウ様から離れるなんて考えられなくて。

“この辛さから逃げたら後悔する”

“どんなに苦しくてもショウ様から離れたら絶対にダメだ”

何となく、そう思った。…何故か分からないが…。

いつも寂しそうにしているショウ様。つまらなそうにしている。見ていてこの身が引き裂かれるくらいに心苦しかった。

どうして、そんなに寂しそうなんだ?まるで独りぼっちみたいじゃないか。

…いつも、片時も離れず俺がいるのに…。

俺じゃダメなのか?

どうすればいい?

どうしたらショウ様は笑ってくださる?幸せになれる?

…どうすれば、俺が必要だと認識してもらえる?


それはショウが3才の頃である。

あまりに、うまくいかな過ぎてサクラは自分の感情を抑える事に限界がきて泣いた。
一粒の涙が出たらもう止まらなくて

「…なに、これ!?…と、止まらない…!!?」

自分の涙に驚き、込み上げ止まらない感情に振り回され

気がついたら、初めてショウを見つけた時の様に自分の感情がどんどん溢れて昂り止まらなくなっていた。

…こんなの自分じゃない!!!

と、いう抵抗があり

こんな無様な姿、カッコ悪くてショウ様に見せられない!!!

こんなカッコ悪い自分を見たらショウ様に嫌われてる!!!おさまれ!おさまれよっ!!

感情を押さえ込もうとしたが無理だった。

気がつけば、ショウをぎゅうぎゅうに抱き締め

「…どうして?どうして分かって下さらないのですか?おれはショウ様が大好きなのに。
どうすればショウ様と仲良くできるんでしょうか?」

と、自分の気持ちをショウにぶつけ泣いていた。

ダメだ!ショウ様にこんな無礼な事!!

こんな…ショウ様を困らせれだけなのに!

俺はなんて事をしてるんだ!

なんて思うものの、ショウを離す事もできずあろう事か荒ぶる感情のまま欲望のままに

「こんなに大好きなのに!」

と、言ってはショウのプニプニほっぺにチュウをし、スリスリと頬ずりしていた。

…もう、ダメだ。あまりに無礼過ぎるし、こんなカッコ悪い俺…嫌われたかも…

そう思いズーンと凹んだサクラであったが


「…だいじょうぶ?いたい、いたい?」

ショウは泣いてるサクラを心配し小さな小さな拙い手で頭を撫でてくれたのだ。

その何と愛らしくも温かい事か。

サクラはその小さな手を取り、頬ずりするとショウの目線に合わせ

「…いえ。」

そう言って、自然と笑みが溢れた。

すると、それを見たショウの目はみるみる大きくなりニコ〜っと笑った。


…きゅんっ!!

ショウ様が…笑った。

俺を見て笑った。

かわいい!凄くかわいいっ!!


「…ナナシいつもこわい、こわい。ナナシはねぇ、ショウちゃんのことキライ。」

…え?

自分に向かって急に喋り出したショウに困惑するも、サクラはショウにとって自分が怖いと思わせていた事。
何より、自分がショウの事を嫌いだなんて勘違いさせてしまっていた事に酷くショックを受けた。

う、ウソだろ?

…俺はこんなにもショウ様が大切で大好きなのに!!なんで?どうして、それが伝わってないんだ??

…また、泣きそう…

だが


「いっぱいおしゃべり、うれしい。にっこりうれしい!ぎゅうぎゅううれしい。」

そう言ってショウはとても嬉しそうにサクラに抱きつき、懸命に今の自分の気持ちを伝えてきたのだ。

ショウの拙い言葉を解読してハッとした。

そこで初めて気が付いた。
自分には圧倒的に言葉が足りてないのではと。

そこから、サクラの気持ちを言葉に出すという努力が始まった。

どこからどこまで喋っていいものか。どんな風にこの気持ちを伝えたらいいのか四苦八苦した。

前世も前々世もただ側にいて見守るだけの存在だった為に、人と関わり接する機会なんて滅多になかった。
現世、サクラが5才まで生まれ育った場所ではサクラの計り知れない力を恐れた大人達はサクラが赤ん坊の頃から地下に閉じ込め監禁していた為、やはり人と関わり合う事がなかった。

人の温かさを知らないサクラは言葉を話す事の必要性がよく分からなかった。

けど、ショウの側にいたいという気持ちは大きかった。ショウの側に居たいが為に、あの誰もいない薄暗い場所から逃げ出したのだから。

サクラは大切で愛する存在の側にいて寄り添いさえすれば自分の気持ちが伝わるのだと思っていた。

それが、まさかこんな風にショウに寂しい思いをさせてるとは夢にも思わなかったのである。



声に出すことはよく忘れがちになってしまうが、言わなければショウに伝わらないし寂しい思いをさせてしまう。

そこで学んだ。

心の中で思ってるだけでは相手に伝わらない、言葉に出して初めて伝わるのだと。

その努力あってのせいか、感情を乗せて言葉を発するというサクラにとって難易度の高い事も自然とできるようになっていった。ショウ限定ではあるが。

そうしている内に触れ合いも多くなり、少しずつ少しずつ心の距離を詰め信頼を得て今に至るのだ。

長い時間を掛けて、更に学んだ事が

言葉で伝えるだけでなく、行動や顔に表情の表し方次第でも伝わり方が変わる事だった。

サクラは順応性が乏しいが、努力のかいあってショウ限定、超がつく過保護に成長を遂げたのだった。


サクラがこんなにも苦悩苦労して長い事掛けて学び得たものを、順応性の高いロゼはすぐさま理解しこんなにもあっさりと出来てしまった事にムカついたのは言うまでもない。

そして、ロゼと同じ様な考えに至るのはかなり癪だが、ショウの笑顔の為なら自分の自尊心を
捻じ曲げるのなんて、なんて事ないと思えるし

自分の気持ちがショウに伝わる喜びを知った今、とても幸せな気持ちでいっぱいだ。
むしろ、伝えそびれた事があれば喋りたくてウズウズが止まらないくらいだ。

互いに伝え伝えてもらう事で時にはぶつかる事もあるが、分かり合えるのはとても嬉しい事である。

こんな事なら、最初からこうすれば良かったと後悔する程に。


ロゼへの疑いも晴れ気が済んだサクラは、ロゼの事は放置し直ぐさま寝てしまった。


『…ぬおっ!?眠ってる我を叩き起こしていて、そ…ソチは…ッッ!!?』


ロゼはこの我が道を行くサクラに、かなりご立腹のようでプンプン怒ってテレパシーで文句を言い続けていたら


『…うるせー。早く寝ろ。』


と、ひと蹴りされ、こやつ…何様なんじゃ!?理不尽が過ぎる!!と、怒りでワナワナと震えるも、まだ寝返りしてないショウにギュウと抱き締められその柔らかさとショウの香りに包まれ、いつの間にか怒りもスルンと忘れぷよぷよなお腹に顔を埋めたまにチュッチュッとキスをし幸せな気持ちで眠りについた。

サクラはショウが、いつ寝返りしてこっちを向いてくれるかと待っている内にいつの間にか寝落ちてしまっていた。


そして、次の日の朝。

オブシディアンから、リュウキから旅のルールが追加された事を聞いたロゼの阿鼻叫喚の声が部屋中にこだましていた。

だが

「そんなルールなんぞ我に関係ないもんねーじゃ!」

と、偉そうにふんぞりかえるクソ生意気なロゼに説得に説得を重ね

徐々にロゼも思う所が出てくると、可哀想な顔をしてチラチラとショウを見てはショウと離れたくないニャンとあざとく目をウルウルさせ自分可哀想アピールをしショウの「ロゼと離れたくない。」の一言を待つ。

何となくそうなりそうな予感のしていたオブシディアンは

『お前はショウ様の邪魔をしたいのか』

『表面上だけで無く本当にショウ様の為を思うなら』

『お前のショウ様を思う気持ちはその程度なのか?』

など言葉の攻撃で、ロゼの鉄壁の心に亀裂を入れそこからジワリジワリと攻めに攻めた。

ついに、崖っぷちに追い込まれたロゼは…なんと地べたに寝転がり手足をバタバタさせ

「嫌じゃ、イヤじゃーーー!!!お主様と離れるなんぞ、嫌じゃぁーーーーー!!!」

と、駄々っ子作戦で最後の手段に出てきた。

そう、小さな子供がお店でアレ買ってくれなきゃ嫌だと全身でアピールする親も周りも凄く困るアレだ。

それには、オブシディアンとシープはたじろぎ、ショウもどうしたらいいものかと困っていた。

と、そこに思わぬ救世主が


「…フッ!…ダッサ。」

サクラのロゼを嘲笑い見下ろす姿に
ロゼのイヤだ、イヤだ攻撃がピタリと止んだ。そして、サクラにムカついたロゼはサクラに何なんだよと言いた気にギロッと睨んだ。

「見てみろよ。いつまでショウ様を困らせるつもりだ。カッコ悪いな、お前。
そんなんじゃ、すぐショウ様に愛想尽かされてもおかしくねーな。」

なんて、見下す様に淡々と喋るサクラの言葉に、ロゼはハッとしてショウを見た。

すると、どうしたらいいものか凄く困っているショウの姿が見え…あ、自分すごく迷惑掛けてると思ったし、確かにかっこ悪いと思った。

ただロゼは、自分の事を気にかけてもらいたいだけであって困らせるつもりはなかったのだが…。これは、何か違うぞ…恥ずかしい気がしてきたと思ったロゼは

「…じょ、冗談はさておきじゃ。
お主様は大丈夫かえ?寂しくないかえ?」

と、さっきのは無しとばかりにスッと男前に気取り、ショウの頬にピットリとくっ付きショウを心配していた。

あ〜あ、最初からこうしてればカッコ良かったのに、さっきの駄々っ子攻撃のせいで台無しだなとシープは苦笑いしていたし。

…いや…今さらカッコつけてもな。
さっきの恥ずかしいアレは記憶から消せないからなとサクラとオブシディアンは心の中でツッコミはしたが、そこを突くと面倒になるのは分かりきっていたので口に出す事はしなかった。

まあ、何はともあれ。サクラの手助けもあり、少々卑怯な手を使ったもののロゼを納得させる事ができてオブシディアンはホッとしたと同時にドッと疲れていた。

そんなオブシディアンに、シープはドンマイと心の中で労った。

その日、朝からサクラとロゼはとても元気が無くショウから凄く心配されていた。
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