黙って俺を好きになれ
洗面室を出てリビングの扉を開いたタイミングで、テレビの音声と噛み合わないメロディに気付いた。駆け寄ってテーブルの上のスマホに手を伸ばす。着信の相手は幹さんだった。

「はい・・・羽坂です」

落ち着いた声を装い、けれど心臓は軋んだ音を立てながら。

『イトコか。あと二時間で戻れる。先に風呂にでも入ってろ、あるものは好きに使っていい』

「・・・はい」

電話でよかった。声だけなら見透かされない。笑えていないのも全て。

『イイ子で待ってろよ』

人が悪そうに笑んだ気配。外なのかどこかのお店なのか雑多な空気が伝わってきた。返事をする前に忙しそうに通話は切れた。・・・誤魔化しを重ねるよりマシだった。

風呂にでも入っていろ、の意味は分かっている。抱かれたくて来たわけじゃないけど、会えばそうなることも。

すとん、と力なくソファに体を落とし込んだ。

幹さんを待って。話をしたらタクシーで帰るつもりだった。そう決めていた。極道だからとか、そんなことよりも。さらに赦されない恋なんてできない。

たとえ行き止まりの恋だったとしても、偽りなく想ってくれたら私は後悔しなかった。こんな結末で愛されるくらいなら。会いたくなかった。



「・・・・・・先輩を好きになんか、なりたくなかった・・・」



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