黙って俺を好きになれ
場内が明るくなり、続々と席を立っていく観客。予想を裏切られたラストシーンの余韻を引き摺りつつ、いつの間にか集中しすぎて固まっていた背筋や膝を小さく伸ばす。

「相変わらず夢中になると顔が忙しいな」

隣からくぐもった笑いが聞こえ、はっと我に返れば。口許を緩めた幹さんが悠然とこっちを見やっていた。

「そういうお前を見てるのが楽しかったが」

二人の間だけ時間があの頃に巻き戻る錯覚。そう言えば。本に引き込まれている最中に邪魔されたことはなかった。ふとした拍子に貸し出しカウンターのこっち側から視線を上げると、先輩と目が合って『カオが面白すぎんだよ』・・・って。

「からかうのが、・・・ですか?」

「好きな女にちょっかい出すのは男の(さが)だ」

なんだか得意げに言われ、先に腰を上げた彼が私に向かって掌を差し出す。無条件反射で手を伸ばすと引っ張って立たせてくれた。

「・・・結婚は組の利益絡みだ、情もない。山脇が何を言ったか知らねぇが、俺が残して死ねないと思う女はお前一人だぞ」

前置きもなく、握られた指先に力が籠もった。

静かな眼だった。
胸を締め付けられた。
でも言葉が出てこなかった。


不意にあなたから寄せられた唇を受け止め。寄り添って歩き出す。縋るように。歩き出す。

いっそこのまま、二度とどこにも戻れない場所に浚ってくれたら私は。すべてを捨てて幹さんと生きるのに。・・・儚く願いながら。




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