黙って俺を好きになれ
「こいつはもうボーヤに用がないんでな。言い残したことがあるなら、代わりに聞いてやってもいい」

名乗りもしないで一方的に幹さんは切り出した。
間があって、少しも動じていない声音で返る。

『・・・ちょうどよかった。じゃあ、さっさと糸子さんを放してもらえませんー?可愛いウェディングドレス着せて庭付きの一戸建て買って、親に可愛い孫の顔を見せに行ったり、運動会で子供と一緒に走ったりしなきゃなんないんで』

皮肉めいて笑んだ気配。筒井君が見かけによらないのは知ってるけど。

『オレが普通に幸せにするんで、ヤクザの出る幕なんかないっすよ』

「耳が痛ぇな」

胸元に縋りついた格好の私の真上で、くぐもった笑いが漏れた。子供をいなすかのようにシニカルな。・・・このままで済みそうにない予感に小さく躰が竦む。

「俺を選んだのはイトコだ。他になにが要る?」

『アンタ知らないだろ?糸子さん、いつも泣きそうな顔してた。オレには助けてくれって言ってるようにしか見えなかったけどね』

「・・・!」

出しかけた声が大きな掌で塞がれた。

「極道相手にいい度胸だ。・・・ケリを付けたいなら顔を貸せ、場所を用意してやる」

幹さん待って・・・!

『糸子さんも連れてきてくださいよ?返してもらうんで』

「最初から俺の女だ、勘違いするな」

容赦のない冷酷さで言い放たれた最後の一言。通話を切った幹さんはようやく私の口を解放した。
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