黙って俺を好きになれ
9-1
通勤距離が増えた分、かなりの早起きになるかと思いきや。身支度と朝食の用意だけなら今までどおり、6時半前に起きて7時半頃にマンションを出れば時間に間に合う。

まだ寝ていていいのに、幹さんは濃い目のモーニングコーヒーで、トーストにかじり付く私に付き合ってくれる。Tシャツにスェットの普段着も見慣れれば年相応だし、スーツ姿が余計に迫力を増すのはあれは、幹さんの戦闘服みたいなものなのかな。ふと思った。

洗い物は食洗機に、床掃除は自走式のロボット掃除機に任せ、ソファで寛ぐ幹さんに『いってきます』の挨拶。

「帰りは迎えをやる」

軽く繋げたキスが離れ、幹さんが目を細めた。今日はホワイトデー。夜は外食だと昨晩から言い渡されていた。

「よく似合ってるな」

「・・・ありがとうございます」

はにかみながらお礼を言う。

いつもはブラウスにスカートの通勤服だけど。今夜は仕事終わりにそのまま向かうから、プレゼントしてもらった黒のワンピースに袖を通していた。

白いボックスカラーの襟。袖口が少し広がっていて、何となく思い浮かんだのはキリスト教系のお嬢様学校の制服・・・とでも言うか。膝丈でAラインのシルエットは華美でも窮屈でもなく、自分で言うのも口幅ったいけど清楚に見えたり見えなかったり。

髪はリボン風の髪止めでハーフアップに。数少ないアクセサリの中から選んだイヤリングはポーチに仕舞いこんだ。

「じゃあ・・・行ってきますね」

「気を付けろよ」

この新婚みたいなやり取りも幹さんは平然と。・・・恋愛初心者の私には修行が必要(いり)そう。いちいち心臓がもたなくて。
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