黙って俺を好きになれ
月の半ばはそれほど仕事が詰まらない分、空いた時間に引き継ぎのマニュアル作りも始めている。退職は夏頃の心積もりでいたけど、本社採用の新入社員が来月から配属されることになり、有休消化を含めて6月15日付けに早まった。

私の業務は管理がメインで、経理業務担当の岸波さんに比べて単純だ。二ヶ月あれば未経験者でもおおよそ飲み込めるだろうと、課長と相談の上で決まったことだった。実質、出社は5月末が最終になることもエナには伝えてある。・・・彼女ならきっと、筒井君の耳にも届けていると思う。





少しだけ浮き立つような気持ちで退社時刻を迎えると、いそいそと更衣室へ。後から姿を見せたエナに冷やかされつつ着替えと化粧直しを済ませ、一緒に1階まで下りた。入り口を出たところで視線を巡らせば、それらしい車の影はまだ無い。

「ねっ、彼氏が来るの?見たい!会わせてよー」

「えぇと、どうかな・・・?」

瞳を輝かせ、私の手をぎゅっと握るエナに思わず引き攣る口許。

来るとしたら間違いなく山脇さん。・・・運転手?秘書?どう説明したらいいものか、胃まで引き攣りそうな。
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