黙って俺を好きになれ
「お前も切り捨てた男に情を残すなよ。ケリを付けて全部終わらせろ」

顎の下に指がかかり、容赦のない気配を漂わせた幹さんの顔が近付く。交ざり合った吐息をなぜか心細く感じたのは初めてだった。

「・・・若」

唇が離れたのと同時、運転席で低い声がした。

違う角度からヘッドライトの光線が伸びてきたのを、体を斜めに揺らし山脇さんが車を降りた。幹さん側の後部ドアを開け、私もダウンコートを着たまま自分で表に出る。

言われたとおり、泥と錆び臭いがらんどうの倉庫の中だった。学校の体育館でも見覚えがあったような照明が高い天井から青白く辺りを照らし、(かたわら)に立った幹さんが私を抱き寄せた。

距離を取って停車したもう一台のドアが遅れて閉まる音。・・・響く靴音。グレーのトレンチコート姿で出てきた筒井君は一直線に歩いてくる。

「糸子さんお待たせ。一般人をこんなトコに呼び出すなんて、ヤクザのお約束ってヤツですかー?」

私達に向かい合って足を止めると辺りを見渡し、感心げに笑ったキミの目は。獲物を捕らえたかのように幹さんを躊躇なく見据えていた。蔑みを滲ませながら。
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