黙って俺を好きになれ
自分でも思わなかった。こんな急展開になるなんて。

ホワイトデーを過ぎて数日、生理が遅れていたことに気が付き妊娠が分かった。それからはもう、なんて言うか毎日が目まぐるしくて記憶が飛んでるくらい。

会社経営者の肩書きで幹さんは私と両親に挨拶に行き、妊娠をきっかけに一緒に暮らしている、とどうにか辻褄も合わせた。

お母さんは、幹さんが高校の時の先輩でお互いに初恋だった話に目を輝かせ、再会した経緯(いきさつ)には『運命だわぁ~っ、糸ちゃん素敵!!』と大興奮。

とは言え、授かり婚でお父さんの反応が心配だったけど、目を潤ませながら幹さんに『娘をよろしくお願いします』と静かに頭を下げてくれた。私も涙が零れた。幹さんの正体は、どうかこのまま知らずにいて欲しい。心からそう願って。

それから幹さんのお父さんとも一度だけ会った。料亭のお座敷で、数人の人達に囲まれて。幹さんとは少しだけ雰囲気が似てる気もした。私を値踏みするように上から下に舐めた視線には全く温かみを感じられず、物を見ているようだった。

小暮の籍に入っても私は家業に関わらない、と幹さんがはっきり公言してくれて。誰も異を唱えなかった場の空気はどこか白けていた。・・・幹さんが居場所を探していた理由が身に染みた一日だった。
< 269 / 278 >

この作品をシェア

pagetop