黙って俺を好きになれ
「送りますってー。一人じゃ危ないっすもん」

ネクタイの結び目に指をかけ緩める仕草で、彼は事もなげに言った。

「えぇと、ありがと。でも自転車で来たし私は平気、今からでも合流してきたら?」

「あのアパートの辺り、けっこう暗いじゃないっすかー。ひったくりに遭ったらどーすんですかー」

「いやでもね、筒井君」

エナと三人で飲むと必ず彼が送ってくれるのが恒例。エナはいつも彼氏が車で迎えに来るから、後輩君は気を遣ってくれてるのだ。だがしかし。今日は会社の飲み会。送ってもらった、もとい『送らせた』なんて根も葉もない噂で女子社員の目の敵にされたらどうしてくれる。

ここは何がなんでもお引き取り願わないと。

「ほら糸子センパイ、電車の時間あるんでしょー?行きますよ-」

そう言ってなぜか当たり前みたいに私の手を取って歩き出しかけた刹那。

「・・・・・・イトコ?」

真横から低い呟きが聞こえた。
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