黙って俺を好きになれ
等級が最高ランクらしい牛のフィレステーキを目の前で焼いてもらうのも食べるのも、もちろん生まれて初めて。まず値段が気になった自分は本当に庶民的だと思う。

しかもこんな隠れ家的な素敵なお店で、小暮先輩の隣りに座って一緒に食事をしているのがそもそも実感が沸かないというか。

三つ揃いを着た先輩はあの頃の十倍くらい男らしくて格好良いのに、私は相変わらず普通より地味目で、今日だってハイネックのセーターにカーディガン、ロングスカートって普段着。アンバランスな二人連れが他人にどう映ってるか気になったけど、たぶん二度目はないだろうと半分開き直っているのだ。

「さっきからやけに大人しいな。声も出ないくらい美味いか?」

シェフと気さくに景気の話をしていた先輩が急にこっちに話を振るから、味わってる最中のお肉が塊のまま奥に滑り落ちていく。

「っ、・・・あの、美味しくてびっくりしてます」

どうにか誤魔化して。

「俺もいろいろと店は知ってるがここは別格だ。また連れてきてやる」

「ありがとう、ございます」

スパークリングの吟醸酒入りのシャンパングラスを傾けながら淡く笑む先輩に、喉を詰まらせつつ小さく笑み返した。

次の約束を当たり前にくれるのは、どうしてですか。
・・・そう訊いたら何かの掛け金が外れていきそうで。私は黙ってお肉に箸を伸ばした。
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