黙って俺を好きになれ
デザートのゆずシャーベットもハチミツと生姜を程よく効かせてあって、私にだけバニラアイスが添えられていた。最後まで心尽くしでもてなされ、シェフご夫婦に見送られて駐車場に停まっていた車にまた乗り込む。

脇に立ちドアを開けてくれた運転手さんは、そう言えばここでずっと待機してたんだろうか。お手洗いを借りた時に時間を確認したら20時半を回っていた。かれこれ二時間。自分達だけ美味しい思いをしたのなら申し訳ない気がしてくる。

「俺のマンションに寄っていくか」

走り出して間もなく。先輩の口からさらっとそんな言葉が吐き出され、思わず隣りを見上げて固まった。

「・・・冗談だ。お前にはちゃんと時間をかけてやる。そんな顔するな、“図書室のイトコ”」

苦笑いを浮かべる先輩。

いくら恋愛経験のない私でも、男性の部屋に誘われる意味くらい理解していた。理解しているけど、付き合ってもないのにそこでその科白が出てきた意味が分からない。

・・・・・・男の人は恋愛感情がなくてもそういうコトが出来るらしいし、あわよくば、とでも思われていたんだろうか。さっきまでの気持ちがどんどん沈んでいく。先輩はそんな人じゃないって勝手に思ってた。でも大人になれば変わらない方がおかしい?・・・矛盾した思いに裏切られたような悲しさが膨らんで。

「おい」

不機嫌そうな声にはっとして俯かせていた視線を上げれば、冷ややかに横目を眇められた。

「見くびるなよ。お前を遊びの女と一緒にするわけがねぇだろう」
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