黙って俺を好きになれ
「おはよーございまーす、糸子さん!」

時刻は朝の9時。昨夜の彼は別人かと思えるくらい、ふにゃふにゃした笑顔で玄関先に立っている筒井君。

スマホと一緒に置いた眼鏡ケースに手を伸ばし、布団をはねのけ。モニターフォンに映った彼を目にしたときの脱力感と言ったら。

慌ててパジャマ代わりのスェットから部屋着に着替え、寝癖のついた髪を一つに結わくと、すっぴんなのも忘れてそのままドアを開けてしまった。そしてそこには普段通りの彼が、・・・というあまりに想定外な現実。確かに『朝イチで』って言われた記憶はあるけども。

「うわー寝起きで眼鏡かけてるセンパイが見られるなんて、すっごいラッキーですねーオレ!」

「・・・・・・・・・・・・」

答える気力も湧かず、内心で地底より深い溜息を漏らす。筒井君に見られるなんて一生の不覚。

取りあえず顔を洗ってコンタクトを装着し、最低限のベースメイクだけ。生活感を隠してから筒井君を部屋に招いた。不本意でも来ちゃった以上は追い返すわけにもいかない。

買い置きしてあったドリップ式の珈琲を入れ、ローテーブルを挟んでラグの上に二人で座る。もちろん暖房は効かせているけど床面は冷えるからホットカーペットも必需品だ。

「なんか糸子センパイっぽい部屋だなー、シンプルで可愛くてー。・・・あ、オレのうさぎー!」

筒井君は遠慮なしに見回し、壁際のアイアンラックに座らせたサンタクロース仕様の子を見つけて、ふにゃりと笑った。

「実は毎日、話しかけちゃったりしてるでしょー?」

・・・・・・『ただいま』くらいしか言ってません。
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