黙って俺を好きになれ
「会社は近くか?」

矢継ぎ早な質問。

「はい。ラシックスって自動ドアとかシャッターを扱う会社なんですけど」

「こんな時間まで残業とは感心しねぇな」

「今日は送別会だったのでちょっと遅くなっただけです。もう帰ります」

「そうか。なら」

言いかけたところで脇から遠慮がちに「・・・若」と声がかかり、小暮先輩が低く頷き返す。

「悪い、俺もこれから野暮用でな。次はゆっくり話でも聞かせろ。今どこに住んでる、お前」

駅と町名だけ答えると「じゃあまたな」と背を向け、私は呆気なくそれを見送った。

「糸子センパイ、今の人って・・・?」

「高校の時の先輩。まさかこんなところで会うなんてビックリ」

すっかり存在を忘れ去っていた筒井君に覗きこまれ、困ったように笑んで誤魔化すと。“キミの言いたいことは理解してます、でも言いたくありません”オーラを放って彼を急かし、駅へと急ぐフリ。お引き取り願うはずだったのもすっかり頭から抜け落ちて。

それきり詮索はされなかったけど、アパートに着いて別れ際。『なんかあったらオレに言ってくださいよ』といつになく真面目に筒井君は言い、来た道を戻って行った。ふにゃっとした笑顔も見せないで。




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