黙って俺を好きになれ
お風呂上がりに洗面台の前で化粧水を顔全体に叩き込みながら。どんな奇跡かってくらい思ってもなかった再会を反芻する。

小暮(こぐれ)(つかさ)先輩。彼を知ったのは、高校二年生で私が図書委員になったのがきっかけだった。

先輩が卒業するまでの1年間。放課後の少しの時間を重ねただけの淡い思い出。ずっと忘れていた。顔だっておぼろげにしか。背が高かったことや話し方はなんとなく。

家がヤクザだって噂も聞いたことがあった。父親が黒塗りの車で学校に乗り付け校長室に殴り込みにきたとか、よく考えればあり得ないような。

跡を継ぐのか、その筋の人になったのだけは7年越しで納得できた。一匹狼の印象で確かに近寄りがたい雰囲気だった、あの頃も。

喧嘩だったのか傷を作ってたことも何度かあったし、でも恐いと思ったことは一度もなかった。
今もたぶん恐くはない。反社会勢力って呼ばれてる意味を知っていても。

時間が止まってるから? 制服を着てた先輩のまま。

ヘアターバンを外し、鏡に映ったすっぴんの自分をぼんやり見つめる。

『次は』って、連絡先もなに知らないんだし。ただの社交辞令で二度と会うこともない確率のほうが高いんだし。

言い聞かせて頭の中を薄めたいのに。あの人の顔が浮かんでしまう。記憶の扉がどんどん開いてってしまう。

胸の奥が変に締め付けられて、なんだか息が苦しい。それがいつまでも消えずに。その夜はうまく寝付けなかった・・・・・・。





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