きみがため
 「きれいな言葉だね」

恍惚としながら投げかけたその言葉は、和歌に対してだけではなかった。

すると桜人は、ふと言の葉の世界から現実に引き戻されたかのように、こちらに顔を向けた。

「……うん。すごく、きれいだ」

甘くて、優しい声だった。

彼の瞳に宿る見たことのない熱に気づいて、胸がひとつ、鼓動を鳴らした。

そわそわとして落ち着かなると同時に、たまならく胸を昂らせるこの感情に、私は気づいている。

だけど境界線の曖昧なこの空のように、その気持ちはまだ不安定だった。 

足を踏み入れたら、何かを失うような。

そんな本能的な焦燥に駆られていて、足を踏み出せずにいる。

だけどいずれ、抗うことはできなくなるだろう。

そんな、気がした。

――ドンッ、ドンッ、ドンッ

そのとき、立て続けに三発花火が打ち上がった。

途端に土手には歓声があがり、私も吸い込まれるように夜空を見つめた。

金、白、赤。

――ドンッ、ドドンッ

緑、青、オレンジ。

すぐ近くで見る花火は、大きくて圧巻だった。

「そうだ」

光との約束を思い出した私は、慌ててスマホを手に取り、夜空に向かってレンズを向けた。

うまく、撮れただろうか……?

次第に、あたりに煙の香りが満ちていく。

爆音とともに上がる色とりどりの花火は、心のもやもやも、悲しみも、不安も、すべてを打ち消して、心を釘付けにする。

ひと通り撮り終えたあとで、再び花火に見入っていると、ふと視線を感じた。

横を見上げれば、いつからそうしていたのか、桜人がじっとこちらを見ている。

花火の光に、明るくなったり暗くなったりしている桜人の顔。

桜人は不思議だ。

大人っぽいのに、ときどき、幼い子供のように見えることがある。

瞳の奥に、光が良く見せるような、不安定な色を浮かべることがある。

「……花火、すごいね」

見つめ合っていることに、だんだん恥ずかしくなってそう言うと、桜人は我に返ったように、再び花火を見上げた。

照れているのか、顔を伏せ、前髪に手を当てている。

「うん、来てよかった」

照れ隠しのようにポツンと零された桜人のその言葉が、私はなんだか、すごくうれしかった。

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