きみがため
結局私たちは、終わるまで、そこで花火を見ていた。

そして帰路につく人の波に流されるように、いつものバス停を目指す。

はぐれないように、また桜人はシャツの裾を掴ませてくれたけど、人混を縫うように駆けてきた中学生くらいの男の子たちの集団に断ち切られてしまう。

途端に体が人の波にのまれて、桜人がどこにいったのか分からなくなってしまった。

不安を覚えていると、後ろから伸びてきた手に、右手を取られた。

それは、桜人の手だった。

桜人は私と手を繋いだまま、ぐいぐいと人混みを抜けていく。

車道脇の歩道に辿り着き、人が少なくなっても、桜人はそのまま私の手を離さなかった。
桜人の手は、私よりだいぶ大きかった。

背が高いから、男の人の中でも大きい方なのだろう。見かけよりも骨ばっていて、ごつごつしていて、自分の小さな掌がひどく頼りないものに思えた。

急に、彼が男なんだということを思い知らされる。

感じたことのない緊張と気恥ずかしさが込み上げた。

「……小さいな」

すると、私の手を引く桜人が、小声でそう呟いた。

「気を抜くと、握りつぶしそう」

だけど、言葉とは裏腹に、桜人の握り方はとても優しい。

壊れ物を扱うように、そっと。その大きな掌が、私のすべてを包み込む。

知らなかった。

他人の体温が、こんなにもあたたかいなんて。

花火大会が終わったあとの世界は、静けさに包まれていた。

興奮の名残を滲ませている道行く人の会話に、今年の夏の終わりを知らせるような下駄の音。

煙の匂いだけを残した夜の景色に、ふと、寂しさを覚えた。

来年、また花火が打ち上がる頃には、私はどうなっているのだろう?

見えない未来への不安が、闇の狭間から手を伸ばし、私を囲む。

だけど桜人の手の温もりを感じていると、今だけは、いずれ向き合うそれから目を逸らしていられた。

バス停に辿り着くと、桜人は、何も言わずに手を離した。

離れがたいとでもいうように、ゆっくりと指先を滑らせて。

彼の手の感触が完全に離れ、掌が宙に放たれたとき、私は心もとなさに震えた。

この掌は、ついさっきまでは、誰にも触れていないことが当たり前だったはずなのに。

――ぬくもりを知ったあとでは、ひとりはひどくもの悲しい。
 
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