きみがため
ノックの音がした。

桜人のお父さんかと思って慌てて立ち上がろうとしたけど、入ってきたのは、近藤さんだった。

茶色のダウンジャケットに黒のズボン。

普段の格好をしているから、仕事はもう終わったのだろう。

「真菜ちゃん?」

驚いている近藤さんに、ぺこりと頭を下げる。

「こんなところで、どうしたの?」

「彼、実は、クラスメイトなんです。だから、心配で……」

「あら、そうだったのね。なんだかお互いよそよしかったから、もしかして知り合い?とは思ってたけど」

小さく笑いながら、近藤さんが私の隣に腰かける。

そんな彼女に、ためらいがちに聞いてみた。

「桜人は……ずっと光の支えになってくれてたんですか?」

「そうよ。光君が入院してるときは、しょっちゅう病室に来てね、話し相手になってた。彼も子供の頃ずっと病室で過ごしてたから、光君の気持ちが分かったんじゃないかしら。中学にも、一年遅れで入ってるしね」

「……そうだったんですね」

桜人が一歳年上なのは、子供の頃、入院していたからだった。

桜人は人間関係に悩む私の背中をいつも押してくれた。

時には厳しい言葉をかけ、つらいときは何も言わず、そっと寄り添ってくれた。

文学を学びたいという、私の道しるべも作ってくれた。

まるで、凝り固まったわたしの蟠りをすべて溶かすように、開放し、世界を広げてくれた。

それだけじゃない。

桜人はずっと光のことも助けていたんだ。

ためらわず、窓から身を乗り出すほど。

懸命な思いで、私たちを守ってくれていた。

それに、お母さんも。

それは、もしかしたら――。

「あの……」

お母さんの話を聞いてから、ずっと気になっていたことがある。長くこの病棟に務めている近藤さんなら、真相を知っているかもしれない。

「桜人は、どうして、お父さんが亡くなったのは自分のせいだと思ってるんでしょう……?」

問うと、近藤さんの表情が、あからさまに強張った。
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