きみがため
「あの日、こちらの不手際で、あなたのお父さんと小瀬川くんが入院していたフロアには、ひとりしか夜勤がいなかったの。本当はね、緊急事態のために、夜勤はふたり体制なんだけど……」

胸が、ドクドクと不穏な鼓動を刻んでいる。

「その日は小瀬川くんからのナースコールが多くて、夜勤の看護師が、あなたのお父さんからのナースコールに気づかなかった」

そこで近藤さんは、絞り出すように声を出した。

「もしも夜勤がナースコールに気づいてたら、あなたのお父さんは助かってたかもしれないの……」

近藤さんが言葉を止めた途端、部屋は、怖いほどの静寂に包まれた。

「きっと彼は、どこからかその話を聞いて、ずっと自分を責めて生きてきたのね……。でも、気づいていても、もちろん助からなかった可能性だってあるのよ。それに、彼は悪くない。すべての責任は、病院側にあるの」

ショックだった。

でもそれは、お父さんが助かっていたかもしれないという事実に対してではなかった。

桜人が抱えていたものが、あまりにも大きくて。

胸が押しつぶされたみたいに、苦しくなる。 

桜人は、ずっと苦しんでいた。

自分が、私のお父さんの命を奪ったかもしれないって。

そんな彼の苦しみにも気づかず、彼の優しさにのうのうと甘えて、私は日々を過ごしていたんだ……。

「ごめん、桜人……」

眠っている彼の掌を、力強く握りしめる。

私の小さな掌をすっぽり包み込めるくらい大きな彼の掌は、今はただされるがままだった。

「何も知らなくて、ごめん……」

私の様子を見て、何かを言いかけていた近藤さんが、すぐに口を閉ざす。

「ごめんね。残酷なことを話してしまって……」

いいえ、と私はかぶりを振った。
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