きみがため
微かに、ほんの微かに、彼の指先が桜人の前髪を撫でる。

「この子の部屋には、おびただしい量のスケッチブックがあるんだ。だけど、この子は絵を描くわけじゃない。言葉をひたすらに書くんだよ。ときには詩を、ときには文章を」

ポツンと桜人のお父さんが言った。

「退院後は入院中とは違い、驚くほどできのいい子になったけど、心の中では孤独だったんだろう。本が、文字を書くことだけが、この子の支えだったんだろう。本当は私が、この子を支える立場にいなければならなかったのに。でもそんな孤独の中でも、君の弟さんの気持ちを思いやり救った息子を、誇りに思うよ」
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