きみがため
親族以外の面会時間が過ぎたと告げられ、私は桜人のお父さんを病室に残し、ひとり病院をあとにした。

お医者さんはすぐに目覚めると言っていたけど、時間がかかり過ぎていた。

不安に蝕まれながら、真っ暗なロータリーを行く。

バス停に向かう途中、闇の中で煌々と灯りを灯している、デニスカフェが目に入った。

もちろん、今日そこに桜人はいない。

教室にいるときからは考えられないほどの大人びた笑顔で、いつも懸命に働いていた桜人。

ふと、桜人のお父さんの言葉を思い出した。

――『本が、文字を書くことだけが、この子の支えだったんだろう』

見上げると、雲がかった空には、星がいくつかきらめいていた。

十二月の夜は、凍えるほど寒い。

口から吐き出された息が、白い靄となり、天へと昇っていく。

儚げなその景色を目で追っているうちに、桜人が紡いだ文字が、頭の中によみがえった。 

僕が歩むこの世界は、澱んで、濁っている
どんなにもがいても、出口が見えない
だから僕は、君のために影になる
光となり風となる
僕が涙を流すのは、君のためだけ
僕のすべては、君のためだけ
深い海の底に沈んだこの世界で、僕は今日も君だけを想う
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