鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

「侑李もそろそろ慣れてきたようだし、今夜は、ご新規のお客様を侑李に一人で担当してもらう」
「ええッ!? ちょっと待ってよッ! 一人でなんてまだ無理だってばッ! 第一、お客様って男の人なんでしょう?」
「あぁ、それなら心配ない。ご新規さんと言っても、常連さんのお孫さんだ。お前は覚えてはいないだろうが、あちらはよく覚えてくださってるようだし。それに、侑李の事情も説明してあるから大丈夫だ」
「……え? でも」
「いい機会だと思って、私から頼んだんだ。今更無理だとは言えない。老舗『橘』の名に恥じないように、しっかり頼む」
「……はい」

 当然、PTSDのこともあるし、はいそうですか、なんて従えるわけもなく、異議を唱えたのだけれど……。

 いつもは優しい父も、仕事のこととなると別で、『橘』の名前を出してキッパリと言い切られてしまっては、従うしかなかった。

 仕事に集中しようとした途端、薄れかかっていた不安が押し寄せてきて、重い足取りで板場の前を通りかかったその時。

「おう、侑李。どうした? そんな辛気くさい顔して。あっ、もしかして。隼さんがあんまり甘やかすから、近頃太ってきたの気にしてるのか?」

 板場からちょうど出てきた兄と遭遇し、確かに最近、妊娠四ヶ月にしては結構出てきたお腹を気にしていた私は、図星をつれてカチンときて。

「うっさいわねッ! これは赤ちゃんが居るからで、別に、太ってる訳じゃないからッ! ほんとに失礼しちゃうッ! フンッ!」
「おいおい、あんまり怒ると子供までお前に似るぞ?」
「怒らせる兄貴が悪いんでしょッ! フンッ!」
「ハハッ」

 思わず、八つ当たりしてしまったけれど、案外そのお陰で、すっきりしたからこれで許してあげることにして、気を取り直すことのできた私はお客様をおもてなしするための準備に取りかかったのだった。

 まさかこの数時間後に、思いもよらないことが待ち受けていようとも知らずに。

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