鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛
私の抱えている不安な想いなんて置き去りにして、時間は容赦なく過ぎ去っていった。
ほぼご予約の時間通りにお見えになったご新規のお客様は、つい今しがた、女将代理の幸子さんが不安げな私に気を利かせて、出迎えてくれたのだが……。
いよいよなんだと思ったら、緊張感に見舞われてしまい。たちまち胸がドクドクと嫌な音を立て始めた。
父の気遣いによって一人で任されることになってしまったご新規のお客様のいらっしゃる、うちで一番広くて豪華な個室に向かいながら、私はふうと息をついたりして緊張感に押し潰されそうになるのを、なんとか誤魔化すことくらいしかできずにいる。
せっかく、若女将としてのデビューなんだからといって、父が用意してくれていた、母の一番のお気に入りだった、秋めいた今の季節にぴったりの濃い紫と淡い紫のグラデーションの鮮やかな生地に秋の草花である葡萄が彩られた上品な着物に身を包んでいるっていうのに、なんともみっともない有様だ。
今一度気合いでも入れておこうと、胸に手を当てふうと大息をついてから、「失礼いたします」とお断りし、お客様の「どうぞ」の声を聞き入れてから、私はそうっと襖に手をかけた。
静かに開け切ったところで、両手をついて深々と頭を下げて、ふと視線を向けると、お客様は掃き出し窓の傍に佇んでいて。
どうやら外に広がる和風庭園を眺めていらっしゃるようだ。
後ろ姿しか捉えることはできないが、かなりの長身の持ち主のようだった。
見るからに上質そうな、オーダーメイドだと思われる、クラシカルな濃いネイビーのスーツに身を包んでいるせいか、今朝目にした隼の姿とが重なって見えてしまい。
ーーお客様まで隼に見えてしまうようでは、まだまだだな。しっかりしないと。
なんとか邪念を振り払った私が部屋に入ろうと、顔を上げた時だった。
こちらに背を向けて佇んでいたお客様が振り返ってきて、視線が交わったそのお客様が隼だったものだから、私は驚きすぎて、息をするのも声を発するのも忘れてしまっていて。
そんな私のことをとっても嬉しそうに見つめ、ニッコリとあのキラースマイルを湛えたとびきりの笑顔を綻ばせつつ。
「いやぁ、驚きました。あの時の女の子がこんなに綺麗な若女将になってるなんて。それに、あの時の約束通り、こうして出迎えてくださるなんて。本当に嬉しいなぁ。もう毎日通っちゃおうかなぁ」
今となっては懐かしい敬語口調で笑顔同様、とっても嬉しそうな声音で、茶化すように言ってきた隼。