鬼畜御曹司の甘く淫らな執愛

 あれからほどなくしてしゃっくりがおさまった蔵本は、そのまま力尽きたようにカウンターに突っ伏したまますっかり眠りこけていた。

 私はその間、一時間ほどマスターに愚痴を聞いてもらって、気分もいくぶん晴れ、そうしてつい数分前に、スッキリした心持ちで会計を済ませて帰ろうとしかけたところで、

『あっ、やっべぇ。もうこんな時間かよ。んじゃあ、帰りま~す』

ようやく目を覚ましたらしい蔵本から、酔っ払い特有の、テンション高らかな声音が突如飛び出してきた。

 私とマスターはその思いの外大きな声に驚いて、二人で顔を見合わせたほどだ。

『あっ、おい。蔵本。タクシー呼んでやるからちょっと待ってろ』

 当然、少し寝たからって酔いが醒めるはずもなく、蔵本はマスターが引き留めるのも聞かずに、のろのろと起き上がり、そのままおぼつかない足取りで店から出て行こうとしている。

 職業柄、酔っ払いの対応にも慣れてもいるし、一応大学の先輩でもある。

 それから、ずいぶん昔のことだとはいえ、助けてもらった恩もあるので、見て見ぬふりもできず。

『マスター。いつも愚痴ってばかりですけど、一応刑事なので、こういうの慣れてるし。それに一応この人先輩でもあるので、任せてください』
『いやぁ、でも、悪いよ。こいつ相当酔ってるし』
『こうみえて、体力には自信があるので任せてくださいって。あっ、じゃあ、今度来たときに一杯おごってくださいよ』
『じゃあ、お願いしちゃおうかな』
『はい。じゃあ、ごちそうさまでした』

 安請け合いしてしまっていたけれど、少しのメリットがあったのだからよしとしよう。

 なんて思いつつ、千鳥足の蔵本のことを背後から見守りながら店を出たところで、こうして帰る方向さえ間違える蔵本と少しの間やり合っていたのだが。

『ちょっと、先輩。そっち、真逆ですからッ!』
『……うっせーなぁ。大丈夫だから着いてくんな』
『そんな千鳥足で言われても説得力ありませんから』
『本人が大丈夫だっつってんだから、それでいいだろ』
『……はぁ……。あーそーですか、分かりました。さよーならー』
『おー、またな』
『あっ、ちょっと。だからそっちは真逆なんですってばッ! もう、世話が焼けるんだからー』

 この様子では、大丈夫だなんて到底思えないし、刑事という職業柄、酔っぱらい蔵本を放置して、何かトラブルでも起きたりしたらと思うと、見て見ぬふりなどできる訳がない。

 さっさとタクシー呼んで家まで送り届けてそのまま帰ればいいか。

 そう思っていたはずが……。

 一体何でこんなことになってしまっているのか。

 店から出てすぐの路地を入ったところの塀に、いわゆる壁ドンを決め込んだ蔵本によって逃げ場を塞がれた私は間近から見下ろされてしまっている有様だ。
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