【完】スキャンダル・ヒロイン
思わずごくりと唾を飲む。 その異質な空気に気が付いたのは勿論私だけじゃなくて、この現場は数々のプロの俳優を見て来た集団だ。 姫岡真央がどれだけ一瞬にしてこの空気を変えたか気づかない程鈍感な集まりではないだろう。
監督の掛け声と共に姫岡真央の茶色の瞳がカメラに向けられる。
思わず瞬きを忘れてしまう程の衝撃だった。
まるで人が変わってしまったとしか思えないのだ。姫岡真央という人間ではなく、新しく命を吹き込んだ別人の人間というのだろうか。
顔つきも表情も全く違う。思わず両腕に鳥肌が立つ。
まるで役柄が憑依したかのように、ひとつひとつ紡ぎ出される台詞が彼の表情とマッチする。
私、やっぱり姫岡さんの掠れたハスキーボイス好きだ。特徴的なその声で紡ぎ出されるその演技は、とてつもなく眩い光りを放っていて、震えあがるほど美しい――。
演技をする為に生まれた人。そこにいる必然性を感じさせる人。そんな人間はきっと…この世界でも一握りしかいないに違いない。俳優姫岡真央を皆が好きになる気持ちほんの少し分かった気がする。
「はいッカット!」
その声が掛かる度に姫岡さんの表情はホッと気が抜けたような気がして
目を奪われジーっと彼だけを見つめる私に向かって、ベッと舌を出していつもの意地悪な顔を向けた。
けれど撮影が再開するとまた人が変わったように変化するんだ。なんて不思議な人だろう。
「天才…だよね?」
いつの間にか横に居た坂上さんは腕を組んで微笑みながら彼を真っ直ぐに見つめる。