かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
ここはカツ丼とうどんがオススメですよ、と続けた立花専務の手もとにチラリと視線を落としてみれば、食べかけの天ぷらうどんの器が目に入った。


「では、立花専務の舌を信用してカツ丼にします」


この人物が真面目一辺倒だけでなく、冗談の通じる相手だということは知っている。茶化すように答えたのち、ちょうどお冷を持ってきた店員にオーダーを伝えた。


「専務の天ぷらうどんも美味しそうですね。今度この店に来たときは、うどんを頼むことにします」
「はは、ぜひそうしてください」


黙っているととっつきにくそうに見えるけれど、こうして笑うと目尻にシワが寄って一気に親しみやすい雰囲気になる。

……まあ、偶然会ったのがこの人でよかったか。

そんなことを考えながらお冷に口をつけると、今度はこちらが話を振られた。


「私も若い頃は、これに丼ものもつけていたんですがねぇ。最近は並盛うどんだけでおなかいっぱいになってしまって、自身の衰えを痛感しますよ」
「いやぁ、まだまだお若いでしょう。お話しさせていただいているときの多角的な視点や知識量はさすがですけどね」
「奥宮社長の方こそ、さすがお上手だ」
「まさか、本心ですよ」


にこやかに返しながら、けれどもちゃんとハッキリ相手の年齢を知っているわけではない。
おそらく、五十代後半あたり……自分の親と、同世代くらいか。
それは何気なく思い浮かべたことだけど、今日に至っては胸の奥でモヤモヤした感情が発生する。
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