かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「なるほど、おもしろい話を聞いた。ありがとう」


本心なのかは定かではないけれど、彼のそのセリフには「どういたしまして……」とまたもごもごと返す。

……居心地が悪い。いつもとは違うメイクで、自分じゃない名前を名乗って、普段ならば着ない服を身につけながら、こんなにも素敵な男性とオシャレなホテルのラウンジで向かい合っているなんて。

なのに、どうして──この時間が、もっと長く続けばいいのだなんて、思ってしまうんだろう。


「……ああ、もうこんな時間なのか」


不意に奥宮さんが、自身の左手首につけられた腕時計に視線を落としてつぶやいた。

私もつられて、店内にあった大きな壁かけ時計に目を向ける。このラウンジで彼と出会ってから、すでに2時間近くが経過していた。


「立花さんは、このあと予定が?」


何気ない調子で訊ねられ、一瞬言葉に詰まる。


「あ……えっと、そうですね」


なんとなく曖昧な表現になりながらも、コクリとうなずく。

奥宮さんは私の反応を見て、うっすら口もとを緩めた。


「残念。もしよければ食事でも、と思っていたけど、あっさり振られちゃったか」
「えっと……」


おそらくリップサービスなのだろうけど、経験値の少ない私は上手い返しができなくてうろたえてしまう。

そんな私を前に、奥宮さんは余裕の笑みで席を立つ。
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