かりそめお見合い事情~身代わりのはずが、艶夜に心も体も奪われました~
「そうか。ありがとう、立花さん」
「いえ、そんな──」


彼の言葉にはにかみながら答えようとしたら、不意に片手を取られて驚きに肩を揺らした。

奥宮さんは私の左手を優しい力で握り込みながら、そっと持ち上げていく。


「えっ、あの、奥宮さ」
「……もどかしいな」
「え?」


落とされたささやきに反応すれば、奥宮さんが私の手を離さないまま返す。


「『いつか、兄みたいに』──って。その相手は自分かもしれないって、思ってなさそうなところ」


どこか挑戦的な眼差しで射抜かれながら放たれたセリフに、思わず目を見開いた。

そうして彼は、掴んだままだった私の左手に頬を擦り寄せる。


「俺はもう、きみを自分のものにしてしまいたいと思ってるのに」


自分の身に起こっていることのあまりの非現実さに、呆然と言葉を失った。
けれどすぐ、言われた意味を改めて理解して、体温が上がる。

きっと一瞬にして顔を赤く染めたであろう私の反応に、奥宮さんが笑みをこぼした。
依然私の左手は奥宮さんの頬に触れたままだから、彼が笑うのに合わせて振動が伝わり、なんだか一層羞恥心が増す。


「おくみやさん……」
「ごめん、困らせたね。そろそろ行こうか」


私が今にも泣き出しそうな声で名前を呼ぶと、奥宮さんはあっさり手を放してくれた。

たしかに困っていたし、恥ずかしかったし、どうしたらいいのかわからなかった。なのに奥宮さんの体温が離れた瞬間、言いようのない寂しさを覚えてしまったこの胸に気づいて、私は自分の愚かさを呪いたくなる。
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