死のうと思った日、子供を拾いました。
三章 君がいない世界
 ショッピングモールから歩いて五分もしないところにある駅から三十分ほど電車に乗ったら、大学のある駅に着いた。
 駅から十分ほど歩いたら『農美大学』と書かれた茶色い門が見えた。もう随分見慣れたその門をくぐったら、足元からガーベラの匂いがした。

「あ」
 校門の東側と西側に十五センチメートルくらいの丸い鉢植えが二つ置いてあった。それぞれにオレンジ色のガーベラと白薔薇が一本ずつ植えられている。蕾じゃなくてきちんと咲いている。夏菜はこの景色が好きで、同棲したら花を買って育てたいって言っていたんだよな。

 俺は腰を低くして花を覗き込んだ。
 俺の隣にしゃがみ込んで、新太は口を開いた。

「懐かしい。先輩っていつもこうして見つめてたよな」
「ああ」

 俺はつい頭をおさえた。
 高校を卒業してから三ヶ月ほどが過ぎた七月頃に、俺は初めてこの大学に足を運んだ。その日はオープンキャンパスがやっている日で、夏菜は案内係でもないのに自分から大学の案内をすると俺に言ってくれた。

『見て流希くん。綺麗でしょう?』
 校門をくぐると、夏菜はすぐにそう言って花を指差した。
 俺を見つめている夏菜の方が、足元に咲いている花よりもよっぽど綺麗だと思った。
『はい。とても』
 夏菜の瞳を見つめながら、俺はそう感想を漏らした。
『ふふ。なんだか私が褒められているみたい』
 俺を見て、夏菜はクスクスと笑った。
 花の話をしているとわかっていたのに、俺は夏菜から目を離せなかった。そして夏菜はきっとそれに気づいていたのに、気づいていないふりをしていた。

 頭を振って立ち上がったら、五階建ての校舎が目に入った。真四角の形をした白い校舎だ。周りには朝顔が植えられている。全体が緑色のつると紫の花で覆われているから、窓の周りや屋上のそばくらいしか白く見えるところがない。オープンキャンパスに訪れた時と遜色がない綺麗な景色だ。

 俺が大学生だった時からこんなに白い場所がなかったっけ?

「朝顔結構育ったなー。前はこんなじゃなかったのに」
「やっぱりそうだよな? 俺もそう思って……」
 なんで夏菜とこの景色が見られないんだ。

「流希?」
 愁斗が近づいてきて、俺の肩を叩いた。

「ごめん、愁斗。ぼーっとしてた」
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