死のうと思った日、子供を拾いました。

 愁斗が宮本教授を睨んだ。
 愁斗が食べるのを進めてくれるなんて思っていなかったから、かなりびっくりした。
 真希さんが慌てて、九十度くらい頭を下げる。

「愁斗? 大変申し訳ございません。この子まだ十二歳で、てんで礼儀が身についていなくて」
「大丈夫です。……矢野、まさか後を追うつもりだったのか?」
「はい。でもその前に、夏菜ならしそうなことをしようと思って」

 宮本教授は不満そうに腕を組んだ。
「確かに早乙女は何かをしてもらったら必ずその恩を返そうとするような奴だが、お前がそれに合わせる必要なんてないだろ」
「それでも合わせたかったんです。夏菜は俺がこの世で一番愛した人だから」

 呆れたかのように宮本教授は深くため息をついた。

「はあ。変わらないな、お前は。本当に純愛にも程がある。少しは早乙女のためじゃなくて、自分のために動いたらどうだ」

「夏菜との生活を続けるために働いて、夏菜にとって素敵な結婚式の予定を立てることが、自分のためだったんですよ。……大学を首席で卒業したのだって、夏菜と結婚するために一刻も早く就職したかったからで。それが、自分の幸せな未来を作るためになると信じて止まなかった」

 夏菜が人を殺したら、夏菜を警察に通報しないで、二人でどこかに逃げようと言ってしまう自分をありありと想像できてしまうくらいには、俺は夏菜が好きだ。夏菜に人を殺してくれと言われたら、殺すべきか真剣に考えてしまうくらいに愛は深い。そんなんだから、夏菜の幻を見たり車に轢かれそうになったりするんだ。そう分かっていても、俺はきっと一生この愛を捨てられない。

「本当にお前は自分や自分の周りにいる人のことを考えているふりをしていながら、夏菜のことしか考えてないな」
 どう言葉を返したら良いかわからなかった。

 夏菜のことしか考えていないつもりはない。けれど、俺は多分頭の八割で夏菜のことを考えていて、残りの二割で真希さんや愁斗や新太のことを考えている。そんなんで、自信満々に違うなんて言えない。
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