死のうと思った日、子供を拾いました。
「流希さんは最初から、愁斗と私の話を聞こうとしてくれた。学校に行っていないからダメだなんて微塵も考えなかった」

「何かしていないと死にそうだったからです」

「それなら家で、映画でも見ていればよかったんじゃないですか。他人の家の事情に首を突っ込まないで。敢えてそうしなかったことが素敵だって言ってるんです」

 そうだろうか。

「助けてくれてありがとうとだけ言って帰ることだって、私に弟を危ない目に遭わせたからとお金だけ渡して帰ることだってできた。それなのにどちらもしなかったから、私は流希さんと一緒にいたいと思ったんです」

「新太だってきっとそうしましたよ」

 努めて冷静に言葉を返した。

「だからなんなんですか! ……私の周りには意地悪な人も優しい人もいる。でもその中で誰と親しくなるかを選ぶ権利は私にしかありません!!」

 真希さんの主張が洗面所に響き渡った。


「だからって俺を選ぶな!! 俺はたとえ今死ななくても、愁斗が成人した途端に自殺するようなやつなんですよ? なんなら明日死ぬかもしれない。なんでよりによってそんなやつを」


「だって流希さんは、本当に死ぬ気ならその直前に、新太さんに私と愁斗のことを頼むでしょう? そうですよね? 流希さんが私達にこれ以上何もしないで死ぬことだけは、絶対にない」


 自信満々に言い切られた。

 クソ。なんで俺の行動がわかってんだよ。それがわかっていなかったら、もう少し俺といないように説得することができたのに。


 もうダメだ。
 これ以上俺といるデメリットを言っても、きっと意味がない。


「本当に、明日死ぬかもしれませんよ」
「いいですよ。絶対に死なせないので」

 涙が溢れた。
 俺はこの性格を知っている。

『私が流希くんのお父さんを説得する』
 俺の母親が監視されていることを聞くと、夏菜はすぐにそう言った。

『ダメです』

『どうして』

『俺の父親は普通じゃない。殺されるかもしれませんよ?』

 夏菜は勢いよく首を振って、俺の手を握った。

『大丈夫だよ、絶対に死なないから』

 夏菜……これは偶然か?
 どうしてこんなにも夏菜に考え方が似ているんだ。

 俺はもうずっと生きている意味がわからない。それでも夏菜を彷彿させる真希さんとなら生きていけるかもしれない。

 頭の中に絶えずある自殺願望を消すことができるかもしれない。

「姉ちゃん、声デカすぎ。あんたも」
 愁斗が洗面所のドアを開けて、中に入ってきた。

「愁斗、いつから聞いてた?」
「んー姉ちゃんが誰と親しくなるかって言ったあたりから」

「愁斗、ごめんね。流希さんがちゃんOKしたら言おうと思って」

 愁斗はすぐに首を振った。

「いい、別に怒ってない。いいんじゃねぇの。流希の方が俺と姉ちゃんの父親よりはよっぽどマシだし。ウザいくらいネガティヴだけど」

「う」
 つい声が漏れた。

「……死ぬまではよろしく」
 愁斗が手を差し出してきた。
 こういうことはしてくれるのか。

……夏菜、俺、生きられるかな。もう少しだけ。君がいない世界で。

「よろしくお願いしますね、流希さん」
 真希さんが俺と愁斗の手の上に手を重ねた。

『生きれるよ』
 真希さんと愁斗の手の温度が、そう言っている気がした。

「はい、よろしくお願いします」
 真希さんと愁斗を見て、しっかりと頷いた。
 

 
< 73 / 82 >

この作品をシェア

pagetop