ボーダーライン。Neo【上】
 世間に顔向け出来ない恋愛は、結婚とも程遠く、あたしの不安を煽るのは分かりきっていた。

 だからあたしは、嘘をつき通そうと決めた。

 あの告白から、今日で一ヶ月になる。

 仕事から帰宅したら、秋月くんに電話をかけよう。電話なら、きっと狼狽えずに嘘をつける。そう決めて職員室を後にした。

 夜の七時。外はもううす暗い。

「桜庭先生っ」

 職員用玄関で靴を履き替えたところで、声をかけられた。同僚の国語教師、田崎先生だ。あたしより、六歳ぐらい年上で温和な雰囲気の男性だ。

 あたしは、お疲れ様です、と会釈した。

「今日、良かったらご飯行きませんか? 車だからお酒は無理だけど、この前美味しい寿司屋見つけたんで、ご馳走しますよ?」

 寿司屋、と聞いて一瞬気持ちがグラつくが、あたしはやんわりと笑みを浮かべ、お断りの返事をする。

「ごめんなさい、田崎先生。お誘いは嬉しいんですが、今夜は今度の授業で使う課題を作ろうと思ってて」

「へぇ。家で課題作りとは。桜庭先生は熱心ですね~?」

「いえいえ、そんな事無いですよ?」

 今更、嘘ですから、とはとてもじゃないけど言えない。

 大人になるにつれ、あたしはその場しのぎの嘘も巧みになったようだ。

 ご飯の誘いは断ったのだが、まだ話し足りないのか、田崎先生は来週の行事に話題を移した。
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