九羊の一毛
ああ、やっと俺の名前を呼んだ。やっと俺を見てくれた。
不埒なことを考える男から君を守りたいから、なんて。理由は後付けかもしれない。
ただ君の手を引くのは、他でもない俺でありたいと。なぜかそう願わずにいられなかった。
「……こっち、来て」
少々強引だった自覚はある。
彼女を連れて教室を出て、しばらく歩く。静かな廊下で歩を止め、俺は口を開いた。
「変なところ見せちゃってごめんね」
俺がやっていることなんてもうとっくにバレているのに、取り繕おうとしている自分に驚いた。それなのに、彼女はそんな俺を知っても変わらずにいてくれるんじゃないかと期待している。
矛盾だらけだ。全く思い通りになんていかない。
制御しているつもりの気持ちが、いとも簡単に彼女に紐解かれていく。
ふるふると首を振った羊ちゃんは、すっかり俯いたままだ。
もどかしくて、でも触れた手が離れないのが嬉しくて、また気持ちが浮つく。
「顔、上げてくれないの?」