日常(仮)
わからない。怖い。
目から涙がこぼれそうになる。

誰でもいいから助けてよ。

施設の建物から出ても、行くところがない。
右に行ったらいいのかも、左に行ったらいいのかもわからない。
この時の私には、入れられた施設の外の世界は広すぎた。

ていらを抱きしめている腕に力が入る。

「こころ、」

ていらが心配そうに私の顔を見上げる。

「大丈夫だよ。ていらのことは、私が絶対に守るからね。」

しばらくその場に立ち尽くしていると、ていらが私の腕から降りた。

「こころ、あそこに隠れようよ。」

ていらの目線の先は、施設に併設する教会。
扉が閉まっていて、誰かが使っていそうな気配はない。
でも、そんなところすぐに見つかってしまいそうだ。

「今、外にでてもどうしたらいいのか、わからないでしょ。ね?」

教会のほうに向かうていらの後をついていく。
重い扉を開ける。
中は暗くて、静かだった。たくさん椅子が並んでて、中央には大きい十字架。
みんな、ここでお祈りしてるのかな。

私たちが入った入り口から一番遠い椅子、つまり十字架の一番近くに座った。

「こころ、泣いてもいいよ。よく我慢したね。」

ていらの一言で視界がぼやけていく。
我慢してたのを、ていらはちゃんと気づいてくれる。
一度こぼれた涙は止まらない。
顔も手も涙でびしょびしょだ。

「どうしよう。どうしよう。やだやだやだ。なんで、みんなそっとしててくれないの?こころはただ、ていらと一緒にいたいだけなのに。」

人間以外と会話ができるって、そんなにダメなこと?
気持ち悪いこと?
気持ち悪いならほっといてよ。誰にも関わらないから。

あの日から不安で不安でたまらない。
いつ、またていらと引き離されそうになるかわからない。
あの日だって突然だった。

違う施設に移るたび、ていらを抱きしめて離さなかった。
車で移動してる時にていらだけ違うところに連れて行かれちゃうかもしれない。
だから、どんなに長い距離を車で移動してても絶対に離さなかったし、夜寝るときも私が寝ている間に連れて行かれちゃうんじゃないかって眠るのが怖かった。

「こころ、大丈夫だよ。心配しないで。例え、離れ離れにされても必ず戻ってくるから。絶対こころを一人になんてしないから。」

優しく微笑むていら。そんなていらを見ているとますます涙が出てくる。

「どこにも行かないでよ。ずっと、ずっと一緒がいいよ、」

「そんなに泣かないで。ブスになるよ。」

「そんなこと言わないでよー、、」

二ヒヒと笑うていら。
私が泣いたり不安そうな表情を見せると、ていらはいつも「ブスになるよ」と言う。ブスにはなりたくないけど、ていらのその言葉を聞くと一瞬悩みが飛ぶタイミングがあって、結局ていらに支えてもらってることを実感する。
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