もう二度ともう一度

「あの日のあなたが」

それから、野々原あずさとは一気に距離が縮んでしまった。

 あのリレーの一件以来、気が付けば野々原あずさはどこかに早川を見つけようとしてしまっていた。

 野々原あずさがその時々に見つけた早川は高い背を小さくする様に端っこで、なんだか奇っ怪だったり、たまに頼りなくて、そしていつも一人きりどこか寂しそうだ。
 そして、普段はちょっと怖くも見える鋭い目は、時折誰かクラスの子へ、まるで子供を見る様に優しく向けられていた。

 そして、彼女は口下手なのか自分が感じた、そんな早川への愛おしみを身体全身を使って表現する女性だった。

 美術室で向かいあえば、自分がどこにいて何を想うか伝えるように机の下でつま先をコンコンと、早川の足へぶつけた。

 掲示板を見る早川を見つけて駆け寄ると、少し高さに差がある肩を一生懸命くっつけて、自分に視線が来ると真っ赤になって笑っている。

 ロマンチストな国語の教師が、詩文の内容から「夢で会いたいと思う異性が、夢に訪ねて来るのは同じ気持ちだから」と説明したら、彼女は髪を振って輝いた様な瞳を早川に向けていた。



 流れる時間も人も、あの日と同じだ。思い出と同じ。早川には何故かそれが酷く悲しく感じて、時々景色を滲ませた。

「悲しそう、時々・・」

 彼女はそれを見てまた早川を心配する。まだほんの少女のはずが、母親の様な温もりを持っていた。
 それは早川の心をずっと潤して来た源泉かもしれない。きっとこんな人がたった一時でもいてくれた事が、彼をカラカラ乾いた人間にしなかったのかもしれない。

 早川は遂にまともに彼女を見れなくなっていた。これから彼女が離れていく事も近づく事も、今の早川には身を裂かれる程辛いのかもしれない。

 それは未来を知り、記憶をリフレインしながらの生活を送る早川特有の苦しみかもしれない。
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