もう二度ともう一度

「消失の手」

 もうすっかり暖かくなって来た。誰もがいい季節だと呼ぶ頃だ、花粉さえなければと。
 そんな頃、早川はもう学校を休んで三日目になろうとしていた。

「少しは、見えて来たか・・」

 自分の手を眺めていた、それはまるでガラスの様に透けて見える。
 あれから他の生徒達と下校が一緒になって、もう今は読んでもいない少年誌の話題になった。

 懐かしさのあまり、早川はまだ発表されていない内容を口走ってしまってコレだ。
左の手首から先が消えたのだ。
 だがなんとか感覚が回復し色形も見えて来たのだが、今は仕方なく自宅学習だ。

「プロサッカーか、そうかこの頃だったな」

 早川はもう休憩だと、テレビを点けた。大人になって視なくなったテレビ放送だが、今は良くチェックしている。
 自分の知識と現代の出来事に整合性を保つ為だ。迂闊な事をすれば本当に全て消されかねない。

 メカニズムと基準がわからないなら、尚更気をつけて行動しなければと感じた。

「おふくろだって、心配するしな・・なんとかならないかな?」

 せめて透き通る様なお肌まで来れば、社会復帰も出来るのだが・・


 翌日、きっちり包帯を巻いて早川は教室に現れた。極力、誰にも悟られない様にポケットに手を入れていた。

 まだ完全週休二日制の導入は先で、この頃の土曜日は「半ドン」と言われた短縮授業だ。
 昼まで持ち堪えれば、後はなんとかなる。

 そして、四時限が終わりそそくさと下駄箱で靴を換えていた。そこに、追いかけて来た様子の野々原あずさがやって来た。

「大丈夫、手・・痛む?」

 ちょっと火傷しただけ。と早川は言い訳したが、彼女が言いたかったのはそれだけでは無かったようだ。

「あのね、早川くん凄い速いんだね。ビックリした」

 早川は笑顔を作って、体調が良かったと説明した。

「だからさ、キスはダメだけど・・友達にはなってあげる!」



「あ、一位じゃなかったし、あ、あの!」

 圧された様に早川が言うのも遅いとばかりに、野々原あずさは別方向の門へ向かって早々行ってしまった。


「野々原・・あずさ、か」

 懐かしさと悲しさを混ぜ合わた様な表情を浮かべて、その後ろ姿を早川は見送った。
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