もう二度ともう一度

「あの日二人だけの海」

 七月の終わり、それは二人の約束の日。あの小さな駅で朝早く待合せた。

「ちょっと早く来すぎたかな?ちゃんと来るかなぁ・・」

 もう野々原が現れた。まだ8時にもなってない、待合せ時間はその8時半だ。駅の玄関口が見える喫茶店の窓から、今運ばれて来たばかりのコーヒーを早川は猫舌なりに頑張って飲み干した。

「あ、おはよう!」

 ちゃんと来てたのは立派だけど、やはり中学生とは思えない生態をしていると野々原は思えた。

「すまん、ちょっと早いがもう行こう」

 そう言って早川は、終点まで二枚買った。
「え?どこまで行くの!?」

 近くの浜、そんなには綺麗では無いけれどそんな辺りだと思っていた野々原は驚いてしまった。

「南さ、ずっと。着いたら特急に乗り換える。どうせなら、俺達が行ける一番綺麗な海がいい」

 隣県になる終点まで一時間ほど、そこから特急に乗って海沿いを走る。

「あの、でもお金!」

「ああ、そんな事気にするなよ」

 早川はさっさと往復切符を二枚買って来た、特急で行けば移動が短縮出来て滞在時間が延びるらしい。
 なんにしても、ちょっと旅慣れている。益々子供らしくない少年だ。

「大丈夫なの?」

「なにが?」

 野々原はお金を使わせた心配をした、無理をしていないか気になる。
 そんな事を言われても早川は、時間がもっとも価値ある買い物だ。と笑っただけだった。

 現地に着くと、陸続きが嘘の様な雰囲気で太陽は向こうより近く感じた。
 陽の光が眩しく降って来て、それを全てが反射する様な夏の季節だけのプリズム。

 その中で白いノースリーブのワンピースを来た野々原は、早川が売店から衝動買いした麦わら帽子を差し出され、それを被って海沿いを本当に綺麗な海だとはしゃいで歩いていた。

 あの日のたった三、四時間の二人の短い思い出を、それから早川は忘れた様に胸に閉じ込めて、少し彼女に素っ気無くなった。
 二人になにがあって、どんな気持ちを抱えていたのか。
 それを知っているのは、野々原の部屋に飾られた麦わら帽子だけが見ていたのかもしれない。
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