もう二度ともう一度

「中年回帰」

 8月、心配する母親をなだめて早川は旅出って行った。

 それは下手に地元で活動して生活指導に引っかかるのを恐れたからだ。カバンに参考書と着替え、少しおじさんじみた【ゴルフ行くぞ】みたいなスタイルともう一着谷村新司風をチョイスして。

 早川は隣県を越えて、やっと電車を降りた。駅でうどんを流し込んで向かった先はパチンコ店、酷くただれた青春の旅立ちだ。

 この時代、名機Fクィーン、攻略集団で有名な春一番。スロットでは後に10万台以上の設置を誇る大ヒット・パルサーが生まれた頃だ。

「よっしゃ、行くか!」

 念の為の口髭を装着し、ハンチング帽を乗せた曰く【競馬好き紳士風】の早川が開店からかなり遅れて店内に突入した。

「こりゃガキでもわかるな」

 時間差オープンやら、そんなローカルサービスにバカみたいな開きがある。今の自分を自嘲気味にそう漏らした。しかし、まだ座る事は出来ない。
 仕方なく、早川はパルサーを眺めてからレギュラー(小当たりらしい)を多く引いて捨てられていた台に狙いを付けた。

『抽選はもういらんな!』

 数千円使うと7の下真ん中にチェリーが、その7の対角線上にカエルが止まる。「当たり」のサインだ。早川は慣れた手さばきでカエルを直列させるとメダルを吐き出させる。
 それからしばらく、周囲とは少し違う打ち方をしていた。これは判別と言われた打ち方だ。これを終えたら彼はそう考えた。

 稼ぎがそこそこ出たのか、三箱も貯めると早川は店を後にした。


 適当な食事を済ませ、母親に約束した連絡を入れて駅のロッカーから荷物を取り出してサウナに向かった。



 同性愛者を警戒しながら眠り、カプセルで目覚める。また荷物を駅前のロッカーにぶち込むと、喫茶店でくつろぐ。

 煤けた街を歩いて、街中の労働者やアウトロー、大学生と老人が立ち並ぶ最後尾に辿り着く。
 火事みたいなタバコの煙に燻されながら、玉やメダルを出したり入れたり。
 
 店の裏手で換金したら母親に電話して、落ち着ける店を探して参考書を開く。時には名も知らぬ人と酒を交わし共に歌い、ジョギングしたらサウナで鍛えカプセルに潜り込む。

 至福、それは至福の日々だった。久しぶりに早川は中年に戻って来た気分だった。土曜は特急列車に揺られて、いい旅夢気分で翌日の為にレース開催地である本場を目指す。



 早川が土産を片手にやっと帰って来たのは、8月も終わろうと言う25日だ。

「アンタ、どこで何してたの!?」

 そんなにガ鳴りなさんな、と上納金を差し出すと、黙らされた母親を尻目に早川は勉強だのトレーニングだのと新学期への調整に入った。 

収支はパチンコ+72万と5千4百円、競馬+230万と6千7百10円也。大満足で遠征を終えた早川なのであった。
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