もう二度ともう一度

「狂気の楽園」

あの視聴覚室以来、以前の傍から見てわかる様な距離ではなく、野々原は落ち着いて友人然として接して来る様になった。
 普通、好きだの嫌いだのを何度も紡いで辿り着く境地に、既に2人は立っていた。

 それでも、この男は電話もしなければ一緒に出かけるでもない。きっと卒業するまでそうだろう。
 だが、野々原あずさの心はもう決して褪せる事の無い愛の色に染められていた。


 何故か、2人に何があったかを知らないハズの高見真知子はそれを察知していた。

「早川、お前も私もこの世界の異物でしかない。それをわかっているのか?」

 合唱コンクールが近かった、窓を開けると風が少し冷たい。生徒達は毎回最初はやる気もあまりなく、こうして残されて帰りが遅くなるモノだ。
 もう暗くなろうとする中、高見は早川が出て来るのを待っていた。

「しかし、ここで我々も生きるしかあるまい?」

 その通りだと、それは肯定しつつ高見真知子は言った。

「だったら早川、私と一緒に来い。」

「どこへ?」

 当然の疑問に、高見は口元を弛めた。

「私達が互いに世界の異物でしかないならば、肩を寄せ合い生きるしかないだろう」

 あっさり早川は断る。考えていない、決めているのだ。

「お前の考えは俺にもわかる、だがそれは道と同じで、一人でも歩けるモノだ」

 それを高見も否定する、彼等の会話には煮詰めて行くほど否定しか出てこない。

「いや、早川・・お前は私と共に歩むしかないのだ。楽園へな」

 高見の胸元から、いつか何処かで見たカードが二枚出て来た。

「お前!」

 高見は淡々と言う、死神の様な仕事をしている「あの男」が持っていた、早川をこの世界に送ったカード。
 それは種類を違えてまだ存在していたのだった。それも、よりによってあの高見真知子の手に。

「これはな、レアな楽園へのカードだ。私とお前の分、あの男から譲られたモノさ」

 一呼吸、その後に高見真知子は続けた。

「母親が心配か?それならば私も待ってやる、お前のお母様が亡くなるまでな。・・それともあの娘か?だったら無駄な事だぞ!」

「色々とお前には疑問があるが、なんとなくわかって来たよ、俺はお前の名前も顔も知らない。誰かの身体、乗っ取ったんだろ?そんなヤツと【楽園】なんか行くかよ」

 と、早川は告げた。高見がおそらく乗っ取ったその身体を返さない事や、今までのやり方も賛同出来ない。
 そして、まだ誰かも特定出来ないのだ。飲めない話と言う事になる。


「ならば問答無用、私はお前を連れていく!」

 一瞬、後ろに飛んだ。それでも制服は切り裂かれている。
 高見真知子の指には、鋼鉄の爪の様なモノが装着されていた。

「早川、教えておいてやろう。このカードはその血さえあれば契約が出来る、代筆でもな!」

 そう言う事か、と理解したが不可解でもあった。完全に反応し、避けたハズが胸を斬られている。浅かったか出血はない。
 過去、まだ先になる過去に早川は格闘技を経験していた。だからその経験から見切れたと認識していたが、間合いに踏み込まれている。

「物騒なヤツだ・・!」

 女を前に、初めて構えを取った。ただ、妙だった。以前も平手打ちをいい様に喰らった事がある。
 この高見真知子は見かけに依らず運動も出来る、だが鍛えている事は早川も同様なのだ。

「躱せはしないぞ、次はな!」

 足をいつでも飛べる様に、少し落とした。 
 次は肩がやられた、だが今回も当たる距離では無かった。それが同じく肩の布地を裂かれている。

「私のタイムストップ数秒殺しを使って、血も流さんとは・・益々、お前が愛おしくなったよ早川!」

「タ、タイムストップ数秒殺し!?」

 早川はそのネーミングセンスと、そこから予測出来る能力に恐怖した。
 即ち、高見真知子はほんの数秒だけ相手の時を止めていられるのだ。これもあのおかしなカードの力かもしれない。
 これは事、格闘においてとんでもないチートである。

「お前、まともじゃないな・・」

 率直にそう思って言った。しかし高見真知子からしてみればこうなのだ。

「貴様が、貴様の存在が私を狂わせた・・!!」
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