もう二度ともう一度

「哀しき爪痕」

 その高見真知子の眼を見た一瞬、早川は死ぬかもしれないと思い至った。しかし、数秒とは言っているが、感覚のズレから逆算するにそこまで長く無い筈である。

『こ、殺されるぞ・・!なんとか逃げるスキを突かなければ!』

 間合いを取る早川、しかしかなりの距離が必要になる。そうでなければ、あの爪は自分の血を吸い出すだろう。

「女を殴れんのは知っていたよ、そこまで追い詰められて見事な信念だ・・私はお前のその優しさが、お前が本当に好きだった。それが今は命取りになるだろうがな!」

 猛攻、とはこの姿を表す為にある言葉か。気をつけている爪以外の打撃は既に数発喰らった。しかも、重い。とても女のそれではない。頑丈だけが取り柄な早川も流石にちょっと効き始めた。

「私の夫だったあの腐った男とは、やはり違うな・・だが美しい狼を狩るのはこんなに愉悦とは思わなかったぁッ!」

 頬が薄く裂けた、しかし深くはない。おそらく血は取られていないだろう。

「お、お前旦那さんいたの!?」

 それより、高見真知子の発言に興味が牽かれた。

「フッ、喋り過ぎたか・・!」

 冥土、否楽園への土産だとばかり、高見真知子は未来で起きた記憶を少し語り始めた。

 高見真知子の本当の姿では、早川が姿を消して思い出に変わる頃、しばらくすると結婚話が持ち上がった。親の勧めもあったエリートだった。
 しかし、最初だけ紳士然としていただけの男との結婚生活は酷く辛いモノだった。 母親に甘やかされ、早川とは違うベクトルの極度のマザコンであり、性的にも吐き気がしそうなほど歪んでいた。
 気に食わない事があれば散々に殴られた。やがて、子供が出来たがそれにすら夫は愛情もなく、道具や物の様に扱われ続けた。
 挙げ句の果てには、自分に飽きれば金で子供の様な若い女を買い漁る様になった。


「・・・お前にわかるか?そんな女の気持ちが!この私の心が!!」

 爪が来る!早川は雄叫びをあげて巧く受けた。それを流し背後に回る。

「そんな事が、俺にわかるかよ!」

 殴る事が出来ない早川は、羽交い締めに捉えた。後は爪をなんとかしなければならない。

「貴様さえ、貴様さえ私の側にいてくれればあんな思いはしなかった!」

 高見真知子は叫ぶ。

「それは勝手だよ!」

 固められたまま、高見真知子は反撃をしようとする。

「もうやめろ、女の骨じゃ折れるぞ!」

「貴様を引き剥がすぐらい!」

 なにをするか早川には読めなかった。次の高見真知子の行動はまさかと思うモノだった。


「嫌ぁぁぁ〜!助けてぇぇッ!」

 やられた!と思った、この大声でこのまま人が来れば自分が犯罪者だ。拘束を解くしか無かったが、反撃は無かった。

「早川、今日は預ける・・だが、お前は私の下に戻れ、わかるな?」

 それだけ言うと、高見真知子は帰って行った。



 それから数日、鎧の様なモノを着込んで登校した早川のあだ名は「装甲騎兵早川」だの、「フルアーマー早川」だの、色々付いた。
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