もう二度ともう一度

「捨てない空き缶」

「おかえり〜」

 早川が帰宅したら、いつも家に居なかった母親がこの頃は居る。もうコタツを出して、煎餅など食べている。
 記憶にある母も腰痛持ちで冷え性なのだった。

「仕事、一つに出来て良かったね・・」

 母親は、お前のお陰だと笑う。早川は毎月毎月、「緻密な計算をすれば、競馬は勝てる」等と嘯いて、母親に30万は渡していた。
 本来は脱税になるし、年齢も問題だ。しかし、誰も信じないし足は着かない様に工夫はしていた。

 その為、他府県まで足を延ばしたりもする。

「ん〜でも、お前がこんな立派になるなんて、死んだお父さんもきっと喜んでるよ」

「そうかな?」とだけ言ったら、早川は母に買い物はあるか訪ねた。
 それから自転車で近くのスーパーへ買い物の為にまた出かけた。

 早川の母は、その息子の姿に眼を滲ませていた。



 早川が店内で色々見ていると、そこに笑顔が近づいて来た。
 偶然、同じ状況だった野々原あずさだった。

「買い物、お遣い?」

「うん、変かな・・野々原も?」

 男の子はスーパーに単独で来たりしない。早川はかつての寡婦暮らしから、その辺は平気だった。

「そうだよ」と答えて、野々原は自分を褒めてくれた。

「早川くん、きっと優しい・・いい旦那さんになるね」

「たぶん、ずっと独身だよ俺なんか」

 野々原はそれ以上、なにも言わないで早川の腕と自分の腕を絡めた。

「寒くなったな」

 早川はポツリと、季節の来る早さを呟いた。

「あ!そうだ、また髪切ったんだよ?」

「本当だ」

 気付かない早川にムッとして、野々原はいつか覚えてもない様な話しを蒸し返した。

「長い方が色っぽくて好きだもんね、早川くん!」

 たしか知り合った頃、彼女とそんな話しをした記憶があった。

2人はお互いの自転車まで歩くと、別れの挨拶をした。

「じゃあね、また学校で!」

「ああ。送らなくてごめん、気をつけてな」

 早川は珍しく優しい笑顔だった。漕ぎ出した早川は、なかなか駐輪場から出さない野々原に引き止められた。

「ねぇ、早川くん本当は高見さんの事、どう思っているの?」

 クラスや学校では、高見が早川を好きで時々2人でなにか話していると、額面通り受け取られている。

「なにか、飲むか?」

 早川はさておき、指定されたミルクティーを押して取り出した。
 熱い。まだ少年の繊細な肌にはまだこの時代の缶飲料のホットは持っていられないほどだ。

「ア、アリガト・・」

 野々原は袖を手の甲まで伸ばして、温かいミルクティーを掴んだ。

「ヤツが、君になにか?」

 早川のコーヒーが出てくる。2人は座る場所もないスーパーマーケットの外、その片隅で肩を並べた。

「ううん・・ただね、なにか2人って特別な何かがあるのかなって!」

 野々原は顔を見ないで、缶を見ていた。「高見」の名前が出ると、早川の顔が怖くなるからだ。

「ある・・」

 どんな関係か?と聞かれる前に、早川は冷たいブラックコーヒーを飲み干して答えた。

「敵だ、それも最悪の。じゃあ、気をつけてね」

 野々原には何を言っているか分からないが、それを言う眼差しは真剣だった。
 そして、同時に少しは安心もして野々原も帰っていく。彼は何か他人に言えない悩みの中でも、自分にだけは嘘を言わないと彼女なりの確信があっての事だ。

 野々原は無くなってしまったミルクティーの缶を、捨てる事なく自転車のカゴに入れて走り出した。



 そして自宅前に辿り着いた早川は自分達の部屋から妙に人の声がするような、そんな気配を感じた。
 それは背を寒くするような、あの感覚だった。

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