もう二度ともう一度

「予期せぬ来襲」

「は〜い」

 早川の母親がチャイムを聞いて玄関を開けると、髪の長い少女が立っていた。

「私、早川君のクラスメイトで高見と申します、初めまして!」

 呆気に取られる母親は、息子はもうすぐ帰って来ると言って、少女から差し出された菓子折りを受け取ってしまう。

「まあ、ご丁寧に。なにもないけど、どうぞ上がって待ってくださいな」

「お言葉に甘えてお邪魔いたします」

 母親は佇まいからどこのお嬢さんかと思っていた。口に合うような洒落た飲み物も、ティーカップもない水屋だがとにかく普通のインスタントコーヒーを出した。


 買い物から戻り、早川は部屋が賑やかな事に気付いた。ドアを開けたら案の定若い女の靴がある。
 寒気がした、まさかの強襲だったのだ。

「なんの用だ?」

「こら雅由季、ちゃんと挨拶出来ないの!」

 自分が入る瞬間「お母様」と呼んでいた。それはあの高見真知子だった。

「お邪魔してるわね。早川君」

 それは優しく、優雅な笑顔だった。しかも堂々としてる、彼女の最後の年齢は不明だがそれを考えたら当然かもしれないが。 

「なんの用か聞いているんだ」

 早川はたぶん今までで一番機嫌が悪い顔を見せた。

「もう、アンタがまた寄り道して遅いからずっと待っててくれたのに」

 間に入る母親を見ようともしない。そんな息子に、高見真知子が彼女かなにかと思っていた母は少し怖くなった。

「お母様、早川君は気分が優れない様子ですからまた出直して参ります、お茶を出していただいてありがとうございました」

 そう言うと、高見真知子は部屋を出た。早川もそれを追う。
 アパートの階段を駆け下りて、高見真知子から視線を逸らさない。激しく警戒している。
 ここには早川が守るべき人が居るのだ。

「少し顔を見たくなっただけで、こんな言われ様は私も傷付くな」

 何の事はなく本当にそんな動機で訪ねたのかもしれない。自分でも思うが、人間歳を取ると不器用になる部分はある。

「悪かった、ちょっと驚いただけだ」

 背後に立つ早川の言葉に、高見真知子は静かに微笑んでいた。

「送って貰おうか。近くだ」

「歩いて来たのか?」

 早川の問いに、答えないで高見真知子は歩き出した。
 なんにせよ、今日の所は血生臭い事は無さそうだ。

「なぁ、早川・・お前はあの娘が好きなのか?」

「誰の事だ?」

 そう言うと、しらばっくれるなと高見真知子は笑った。
 早川にしてみれば、次は野々原を狙うつもりか?と疑ったからだ。

「お前も年頃だから、あの娘を想ってマスターベーションくらいしているのかと、ふと思っただけだ」

 意外。らしからぬ意外な言葉を彼女は放った。

「だ、誰がそんな事するか!」

 本来早川は既に衰える年齢に達している、野々原への愛情は父親の様なモノに近い。

「私もたまにしたモノさ、お前を想ってな」

 早川はもう疲れたと言う様に、背中を追いながら天を仰いだ。

「もういい、ここだ・・」

「そうか、さっさと寝ろよ」

 これには多少、破廉恥な意味を早川は込めた。余計な遊びをするなと言う意味だ。2人の足はここらでは珍しく小洒落たマンションで止まる。


「早川・・・一度きり、一度きり私を抱いてみるか?私は一人暮らしだ」

 高見真知子は、早川を向いて胸を張った。

「いや、それ他人の身体だろ?遠慮しとくよ」

 そう期待しなかった少し優しい口調で言われると、高見真知子は満足気に微笑んでドアを開いた。

「そうか、お前らしいよ。今日は悪かったな」

 そう言って、クラシックなデザインのドアの向こうに彼女は消えた。
 早川は高見真知子もまた、自分と同じく苦しみを抱えた「人間」なのだと、初めて実感した様な気がした。
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